047 尾張、美濃そして長島
2020/7/19 改稿(那須家のこと)
大永二年七月一五日。
かねてより近衛様と九条様を通してお願いしていた、官位官職を頂いた。
甥の信房殿は従五位下左京亮、伊勢長綱殿が従六位下右京大進、穴山信風殿が従六位下左京大進だ。
殿から私はそのまま左衛門督で宮中の警護を司り、信房殿たち三人が京の治安を司るように命じられてのことである。
「信賢叔父上、関白二条尹房様がお越しになりました」
「もうそのような時間か。信房殿も同席するように」
「はい」
私は甥の信房殿を伴って二条尹房様と面談するため、座敷に入った。
「関白殿下、ようこそおいでくださいました」
腰を下ろして信房殿と共に関白殿下に頭を下げる。
二条尹房様は今年の五月に関白におなりになられ多くのお祝いの品々を贈ったことで、かなりお近づきになれたお方だ。
「左衛門督さん、左京亮さん、久しいのう」
「はい、お久しぶりにございます、関白殿下」
「ご無沙汰しております、関白殿下」
今回、二条尹房様がこの武田屋敷においでになったのは、ご息女の件であろう。
二条尹房様はかねてより殿の嫡男五郎様に、ご息女を輿入れさせたいと申し入れておいでであった。
五郎様はまだ幼いと殿は仰られておいでだが、それは二条尹房様のご息女も同じである。
殿からは五郎様が七歳になった時に婚約し、一〇歳で婚儀をと仰っておいでなので、私はそれを二条尹房様にお伝えした。
「ふむ、それでよい。左大将さんへよしなに伝えてくだされ」
「は、必ずお伝えいたします」
私と信房殿が頭を下げると、二条尹房様は二度頷かれた。
本来であれば、我らが二条尹房様の屋敷へ赴きお伝えするべきだが、訪問日程の伺いを立てた時に二条尹房様が当家へおいでになると仰られたのだ。
「それで、左大将さんはいつになるかな?」
唐突な質問であるが、これは想定されていたものである。
「まずは京の守りを固めねばなりません。そうでなくては、不測の事態に対応ができませんので」
「うむ、そうしてもらえば、皆安心であるな」
「されば、私が兵五〇〇ほどを従えて宮中の警護をいたします。ここに控えております信房と他二名にて五〇〇〇の兵で京の都を警備いたします。関白殿下におかれましては、その旨を公家の方々に周知いただければと考えております」
二条尹房様は私の話をお聞きになり、時々頷かれた。
「主、武田信虎の上洛は来年の春になる予定にございます。ただし、大内殿が周防へ帰還されたことによって、細川澄元殿が動かれることを信虎は懸念しております」
「たしか……三好之長さんが淡路へ侵攻し、守護所の養宜館を奪い取ったと聞きますな。それにより淡路水軍を支配下に入れたとか……?」
細川澄元を庇護した三好之長は、阿波と讃岐の兵を率いて淡路を占拠した。それによって淡路を治めていた細川尚春を堺に追放して淡路水軍を支配下においた。
殿は細川同士でつぶし合うのは構わないが、京に戦火が及んだ場合は公家の方々を保護するように命じられている。
さすがにこれは困った。京の戦力はたかだか六〇〇〇ていどであり、大軍で攻められたらひとたまりもない。しかも、公家の方々を保護しながらの防衛戦はあきらかに負担が大きい。
殿はその場合、伊勢長綱に全軍の指揮を任せるように仰せだが、本当に大丈夫だろうか?
「京を含めて周辺は不穏な動きが多くあり、気が抜けない状況なのです」
「細川たちを止めることはできぬか?」
渋い表情をされる二条尹房様に、私は首を横に振った。
「細川京兆家の争いです。我らの言うことなど聞きますまい」
「なんとか京に被害がないようにならぬものかの」
「さればでございます。当家としては宮中と京を守る兵の他に、五摂家を始めとされる公家の方々の屋敷に兵を配置できればと思っております」
殿からは摂関家を始めとして各公家の家に兵を入れて、いざという時にその兵を使えと仰られている。
公家の家に配置した兵を入れれば、総兵数は一万くらいになるはずだし、将軍家と細川家、他の幕臣に警戒されず、警戒されても公家の方々を守るための兵という言い訳ができる。
「うむ……。その話に乗るように説得してみよう。されど、兵による無体なことはないようにしてくだされよ」
「はっ、武田の名誉にかけて」
▽▽▽
大永二年四月二二日。
我が第二軍団は、尾張へ進攻した。
尾張は武衛家の斯波義達が失脚したことによって、織田大和守家の織田達勝、織田伊勢守家の織田広高、そして清洲三奉行家が分割統治している状態だ。
清洲三奉行は織田大和守家の被官だが、武衛家の凋落と共に独立色を強めている。
つまり、尾張は各織田家によって群雄割拠状態にあって、まとまりがないのである。
「信泰殿。室住虎光殿が水野忠政を捕縛しましたぞ」
副軍団長の工藤虎豊殿が破顔して陣に入ってきた。
今回の尾張侵攻は殿が上洛するための地均しだ。その第一弾として知多郡へ進攻した我らだが、元々武衛家が遠江今川家と激しく争っていたため、尾張の国人の疲弊も激しい。
調略で多くの家がこちらについた中にあって、緒川城主水野忠政はこちらに靡かなかったことでの侵攻だ。
「そうか、これで知多郡は平らげたな。次は愛知郡と春日井郡だ。虎豊殿、これからも頼みましたぞ」
「お任せくだされ! 我ら第二軍団だけで尾張を平らげてみせましょうぞ!」
「うむ、殿のお手を煩わせる必要はござらん。我らのみで尾張を平らげましょうぞ!」
▽▽▽
大永二年五月一日。
この大永二年は本来であれば永正一五年であり、西暦だと一五一八年になる。
現代日本ならゴールデンウイークの時期で、連休中の人も多いだろう。だが、俺の辞書には連休の文字はない……。
小田原城内にある俺が政務を行う執務室には、デスクワーク用の机と椅子が四セットあって俺は一番豪華な机を使っている。
石和館の時は純和風の部屋で政務を行っていたが、この小田原城では本当にデスクワークをしている。
これは俺が正座が嫌とか言ったわけではなく、常に俺のそばにいる相談役の飯富道悦が杖がなくては歩けないし、長尾景長もそろそろ正座が厳しい年になってきたため、このような洋風の執務室になった。
俺を含めて三人なのに机が四つあるのはなぜか。それは、もう一席が軍略方の真田頼昌の席だからだ。
軍略方にはちゃんと郭があって、真田頼昌もそこに執務室がある。だが、真田頼昌だけはここに席を設けていている。これは、軍略方のトップとして意見を聞きたいからだ。
真田頼昌は午前中は自分の執務室で仕事をして、午後になるとここにきて一刻か一刻半ほどここで仕事をする。その際の仕事は俺の質問に答えたり、戦略的な上申をすることだ。
今は午前なので、まだ真田頼昌はいない。代わりに風間出羽守がいる。
「白川と蘆名が那須資房に接触しているようです。那須は、今川氏親殿、宇都宮忠綱殿、小笠原長棟殿の件を受け、いずれ自分もと考えているよしに」
たしか、那須家(上那須家)は数年前に、資房が当主になったんだったな?
前当主の一六代目那須資永は結城家出身の婿養子だった。その資永が一五代目の実子と争った時に、資永と敵対したのが下那須家の当主だった資房だ。
結局、実子は資永に殺されたが、資房は資永と戦い続け、資永を自害に追い込んだ。まあ、実子を殺したのは資永だが、実子が死ぬように仕向けたのが資房でない保証はない。
とは言え、今は資房が上那須家の一七代目の当主であり、名目上は俺に従っている。
俺に従っている以上、言いがかりをつけて殺すことはないと言うのに、亡霊どもに引っ張られやがって……。
「それで、謀反を企てているのか?」
「まだ確認は取れておりませぬが、殿の上洛に合わせて何かあるやもしれませぬ」
「ふむ、その時は下総の叔父上の手腕に期待するとしよう」
念のため叔父縄信には、那須、白川、蘆名の動きに注意するように、手紙を書いておこう。
まったく、家が大きくなっても、こういった話はなくならないな。もっとも、家臣全員が従順に従っているわけではないので、仕方がないのかもしれないけど。
嫌な話は叔父縄信に丸投げして、次は……。
「道悦。天竜川の架橋工事は順調のようだな」
「はい、普請方が暴れ天竜の激流でも崩れない橋をかけると意気込んでおりました」
「ほう、それは頼もしいな」
「この小田原城に使った石垣の技術を応用して立派な橋にするそうですぞ」
これまでの天竜川は度々洪水が発生するということもあるが、敵国の進軍を阻むという理由もあって橋をかけることはなかった。
しかし、俺の領国になってから護岸工事を進めて霞堤を築いてきた。今もその工事は続いているが、俺の領国内の川には橋をかけている。だから天竜川も例外なく橋をかけるのだ。
橋をかけることで物流がスムーズになって、遠江や三河の経済活動にもいい影響を与えるはずだ。
「景長。信賢叔父上の手紙にある二条様の姫と五郎の件、どう考える?」
「そうですな、五郎様は近衛様のお血筋、そこに二条様の血筋が入ることで京を押さえた後の武田家への風当たりが少なくなると思われます」
「ふむ……。だが、それは公家の方々の話であろう。武家は不満に思うかもしれぬぞ」
「武家からは五郎様の側室をお迎えなさればよろしいでしょう。さすれば、不満もありますまい」
叔父信賢の情報では、今月は鷹司様が関白を辞される予定で、二条様が次の関白に内定しているそうだ。
その二条様と縁を深めるのはいいが、武田家は一条家を除いた四摂関家と婚姻関係になる。公家との婚姻政策をとってきたが、さすがにここまで摂関家と縁を結ぶとは思っていなかった。今は俺自身、自重するべきではないかと思っているわけだ。
「二条様の姫なら家柄に不満はないどころか、これ以上は皇族からの降嫁しかありません。将来的に降嫁を考えれば、摂関家の血は多く入れたほうがよろしかろうと存じ上げます」
「降嫁か……。いや、降嫁はない」
「ほう、なぜでございましょうか」
五摂家の血を入れ、天下一の大大名になって、天下へ号令する。それだけで十分だ。
それだけでも妬み嫉みの対象なのに、天皇家の血を入れるなんてありえない。
長尾景長は三代先、四代先、もっと先の代の話をしているのだろう。たしかに武田が天下を治めれば、いずれそのような話があるかもしれない。
だが、それは俺が考える必要はない。その時の武田の当主が考えればいい。それで公家や武家の反感を買って武田を潰すことになるかもしれないが、それもまた歴史なのだ。
俺がどんなに戒めの言葉を残したとしても、代を重ねるごとに俺の言葉など歯牙にもかけなくなるだろう。その時は潔く滅びればいいのだ。
午前の政務を終えて昼餉を摂ってから午後の政務を始めた。
腹いっぱいになるまで食っていないが、今日は暖かいので書類仕事をしていると眠くなる。
眠気と戦っていると誰かがきたようで、控えの間に続く板戸を開けて小姓が頭を下げてくる。
「失礼いたします。望月虎益様がお越しになりました」
「虎益が? 通せ」
俺が許可を出すと、虎益は一畳だけ置いてある畳の上に座り、頭を下げた。
「虎益、何かあったのか?」
「はい、尾張を攻めておりました第二軍団が敗走しました」
俺は思わず椅子を倒す勢いで立ち上がった。
第二軍団は板垣信泰が指揮している精鋭軍団だ。信泰が負けたのか!?
「虎益、間違いないのか!?」
「は、一向宗が舟で海を渡り知多郡へ上陸し、後背を突かれてしまいました。我らが情報を掴めず、第二軍団は一向宗の襲撃を受けてしまい、申し開きの言葉もございません」
一向宗だと!? くっ、あいつら……。
……落ち着け、落ち着いて考えろ。そうだ、信泰はどうした!? 虎光は!? 虎豊は!?
「信泰たちはどうした? 怪我はないか?」
「板垣信泰殿を始めとした方々に大きな怪我はありません。ただ、散り散りに撤退したことで、尾張の国人たちが翻意し再び織田についたようです」
「尾張の国人はいい。信泰たちが無事なら三河を失っても構わん。必要であれば遠江まで引かせよ」
俺の言葉に虎益だけではなく道悦と景長も驚いているが、驚くことではないだろ。
「人は城、人は石垣、人は堀」
俺は思わず信玄の名言を口にしていた。本当は『人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり』だが、後ろの二つ、特に最後は俺に必要ない。
「人は城、人は石垣、人は堀……」
道悦が噛みしめるように復唱した。
「虎益! 領地も大事だが、俺の武田では人こそが宝である! 優秀な家臣をむざむざ失う必要はない。領地は取り戻せばいいが、人はそうはいかん! 分かったか。分かったら信泰にこう言え、『無駄死には許さん!』とな」
「はっ!」
虎益は俺に一礼して下がっていった。
俺は机についたままの両手を握っていたことに気がつく。そんな俺をよそに、景永が「ごめん」と言って俺のそばにくると、椅子を起こしてくれた。
どかりといすに腰を降ろす。
「道悦、第二軍団が失った兵の確認を頼む。他に何かあるか?」
俺は天井を見上げて道悦に指示と確認をした。
一向宗が船で海を渡り知多郡に上陸するとは思ってもいなかった。まったく面倒な奴らだ。
しかし、尾張か……。あの土地はつくづく東海道を西進する軍には鬼門のようだ。
史実でも今川義元が桶狭間で織田信長に討たれているからな。
「兵の補充も必要ですが、まずは一向宗の動向、そして尾張勢の動向を確認する必要がございます。そうでなければ、どれほどの兵を補充すればいいのかが分かりません」
「……そうか。そうだな。道悦の言うとおりだ。手配を頼む」
「は、承知仕った」
道悦は杖をついて足をひきずりながら部屋を出ていった。
「しかし、人は城、人は石垣、人は堀。ですか」
景永が自分の席に座りなおして、俺を見ずにぶつぶつ言っている。
そして筆に墨をつけて何かを書き始めた……。
「殿、これはなかなか面白き言葉にて」
紙を持ち上げて俺に見せてくる。紙には『人は城、人は石垣、人は堀』と書かれている。
「どのような意味でございますかな?」
楽しそうだな。信泰たちが敗走したというのに……。まったくこの爺さんは。
「人の力がないと城があっても役に立たないという意味だ。信頼できる『人』が集まってこそ強固な『城』になるのだ」
「なるほど。これはいい言葉でございますな」
そう言うと徐に立ち上がって、その紙を執務室の壁に貼りつけた。
「おい、何をしているんだ?」
「いいお言葉でありますゆえ、こうして某の格言にしたく存ずる」
景永はにやにやして『人は城、人は石垣、人は堀』を眺めている。
止めてくれ……。それパクっただけなんだよ。