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044 上洛準備

 


 大永元年も五月になると上洛前の地均しが始まった。

 下総は叔父縄信が攻めて千葉と激しく戦っているが、その中に弟の信友の姿もある。

 信友にとって初陣だが、叔父縄信であれば上手く手柄を立てさせてくれるだろう。


 三河には板垣信泰が進軍を始めた。三河は徳川家康で有名な土地だが、今はまだ松平を名乗る一族が分割統治しているのが実情だ。

 安祥(あんじょう)松平家の松平長親が今は松平宗家を名乗っているが、その地盤は弱い。他の松平家を持て余している。

 だから信泰に無理をする必要はないので一つ一つ調略をしていけとアドバイスをした。武力は脅しで使うのが一番いい使い方だ。無駄に死人を出す必要はない。


 三河では他に吉良家も東条吉良と西条吉良に分かれて争っている。

 この吉良家は今川家の本家筋になるが、今川が力をつける一方で吉良は存在感をなくして三河のいち地域を治める国人に収まっている。

 赤穂浪士で有名な吉良上野介はこの吉良家の子孫だが、吉良家は名門だ。

 なぜ名門かというと家紋を見れば一目瞭然で、足利二つ引両を使っている。簡単に言えば足利氏御一家なのだ。

 だから「御所(足利将軍家)が絶えれば吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ」といった感じで足利の権力を継承できるという噂だが、本当かどうかは知らない。それに一〇年前の今川ならともかく、吉良では話にならない。

 そんなわけで東条吉良と西条吉良はすぐに臣従してきた。今川氏親は生きていて僧になっているが、今川が滅んだことで武田にあらがうのは利口ではないと考えたのだろう。


 だが、予想通り信泰の前に一向宗が立ち塞がった。

 俺は宗教を否定はしないが、本願寺のようなやり方は好きじゃない。どちらかというと大っ嫌いだ。

 俺も木花之佐久夜毘売命の加護などと騙っているので人のことは言えないが、少なくとも俺は人々を豊かにするために働いている。人殺しもするが、その分、人が笑って暮らせるようにしているつもりだ。

 だが、本願寺は民から搾取するだけ搾取して、民を幸福にしているとはとても思えない。

 これは本願寺だけではないが、本願寺は搾取したうえで死んでこいと言うのだから質が悪い。

 こんな奴らを放置しては、世の中が腐ってしまう。俺はそう思うから、本願寺の勢力である一向宗を潰す。自分勝手な考えだと分かっているが、一向宗だけは潰しておかなければならないと思うんだ。

 戦いは大義を掲げても所詮は人殺しだということは分かっている。だから本当に地獄というものがあるなら、俺が死んだら地獄へいくだろう。そう考えても、一向宗とは同じ船に乗って呉越同舟なんてできない。

 俺は一向宗との戦いにおいて和睦はないと公言している。俺の政治に口を出す僧は敵であり、僧のくせに武器を持って戦う奴らは僧に憑りついた物の怪(もののけ)の類だと常々言っている。


 信泰には一向宗の芽が残らないようにしっかりと刈り取れと命じた。一向宗に関しては越中と飛騨も同じだ。一向宗の芽を残すなと言ってある。

 僧の降伏は認めないが、門徒が降伏するなら改宗することが条件だとも言ってある。それ以外は許さない。

 それで何万と死者が出るかもしれないが、俺が譲歩したり退くことはない。

 それは向こうも一緒だと思うので、お互い様だ。ただ、武田の家臣や兵士に死者が出るのは悲しいことなので、戦いたくないのが本音だ。


 ▽▽▽


 大永元年六月六日。


 殿に仕えて何年になるか? 殿が七歳になった頃だからもう一三年になるのか。

 最初は変わった若様だと思ったが、すぐに殿の異常さに気がついた。

 殿は木花之佐久夜毘売命様のお言葉を聞いたと言い、色々なものを作りだしたのだ。しかもその作ったものがとても高く売れ、殿は財力を得た。

 財力を得た殿は銭で兵を雇い、武具を整えた。そして、武田宗家に反抗している今井、大井を攻めて服従させた。

 あの時は本当に驚いた。たった九歳の子供が圧倒的な勝利を掴み、武田宗家として面倒な相手であった今井、大井を降したのだ。

 側近として近くで見ていた某だけではなく、甲斐の国人は皆が驚いただろう。

 その後も叔父の油川信恵殿と小山田を降し、武田宗家を統一したと思ったら、一一歳の年に甲斐を完全に統一された。

 殿は本当に木花之佐久夜毘売命様の加護を得ているのだと、誰もが言う。


 甲斐を統一しても殿の勢いは止まることなく、一三歳で駿河を、一四歳で伊豆を飲み込み、今では甲斐、駿河、伊豆、相模、武蔵、上野、下野、越後、遠江を完全に支配下においた。

 しかも、信濃は八割ほど、越中は五割ほど、下総は五割ほどを支配下に置かれている。この三国の他に飛騨も今年は殿のものになるであろう。

 さらに某が攻める三河だ。殿は三河に関しては今年でなくてもいいと仰ったが、それでは殿の偉業に加わった甲斐がないというものだ。他の家臣たちに後れをとっては、この信泰、死んでも死に切れぬ。


 東条と西条の吉良家は臣従してきた。しかし、松平はなんでこんなに多いんだ?

 分家させたらその土地の名前を苗字にすれば紛らわしくないのに、皆、松平を名乗っている。

 安祥松平、竹谷松平、形原松平、大草松平、五井松平、能見松平、丸根松平、牧内松平、長沢松平、他にもまだあるが、まあいい。

 この中で安祥松平が本家筋らしいが、正直言ってどうでもいい。

 どの松平も小さく、個々で戦うには力がない。それでも今川のような外敵には協力して戦ってきた。しかし、今回は松平の足並みは揃わなかった。


「竹谷松平家、松平親善にございます」

「大草松平家、松平昌安にございます」

「能見松平家、松平重吉にございます」

「長沢松平家、松平親広にございます」


 他にもなんたら松平が臣従してきた。どうでもいいが、本当に紛らわしい。


「武田左大将様配下、板垣信泰だ。最初に言っておく。左大将様は一向宗が殊の外嫌いだ。門徒は改宗すれば許されるが、僧は地の果てまで追いかけて殺す。このことを努々(ゆめゆめ)忘れてはならぬ」

「「「ははぁっ」」」


 この松平たちには他の松平の調略をしてもらい、某は一向宗を相手に激しく戦った。一向宗は本当にしつこく、死を恐れない。

 だが、武田に殺されるのは木花之佐久夜毘売命様の怒りによるものであり、天罰であるから死んでも極楽浄土にはいけないと噂を流してやった。殿がそうしろと仰ったのだ。

 死んだ後のことなど誰も見た者はいない。それを悪用した一向宗を根底から揺さぶってやれと殿は仰っていた。

 門徒どもに不安が広がったのが分かるほどに抵抗が少なくなった。武田と戦って死んでも極楽浄土にいけないと思うようになり、死ぬのが怖くなったのだ。


「信泰殿、仏教は殺生を禁止しておるが、神々は必ずしも殺生を禁止していない。木花之佐久夜毘売命様の加護を得ている武田の軍は神敵を打ち倒し、神敵を地獄へ送るという噂が広がっておりますぞ」

「地獄か……。殿は、地獄は仏教の世界の一つだから木花之佐久夜毘売命様の怒りに触れて死んだとしても、必ずしも地獄にいくわけではないと仰っておられたわ、それなのに地獄に落ちると思って右往左往する門徒どもが滑稽でならぬ」

「所詮は仏の名を騙った者たちに扇動された者たちである。愚かなことだ」


 室住虎光と共に笑う。

 所詮は農民崩れの腐れ門徒たちだ、心の拠り所を失えば脆い。

 殿は一向宗門徒には徹底的に心理戦をしかけろと仰っていた。もっと門徒を不安に陥らせてやる。楽しいではないか、くくく。


 ▽▽▽


 七月、下総の叔父縄信から、千葉昌胤(ちばまさたね)を降伏させて下総を統一したと報告があった。今は上総武田に圧力をかけている。

 同行していた信友は上手いこと戦功を立てることができた。叔父縄信のおかげだ。お礼の手紙を書いておこう。

 千葉昌胤は甲斐に二〇〇〇石の知行を与えることにした。元千葉の家臣も昌胤を殺さなかったことに感謝しているので、これでよかっただろう。


 八月になると越中を攻めていた信守からも一向宗を駆逐したと報告があった。

 それと時をほぼ同じくして飛騨を攻めていた諏訪頼満からも三木直頼(みつきなおより)が降伏したと報告を受けた。

 越中と飛騨の捕らえた一向宗の僧は全員斬首にして、同じく捕らえた門徒は改宗すれば無罪放免、改宗しなかったら死罪にした。

 意外と改宗する門徒が後を絶たないそうで、改宗した門徒は四〇〇〇人以上になったが、死罪にした門徒は三〇〇人にも満たなかったそうだ。

 三木直頼には甲斐に一〇〇〇石の知行を与え、昌胤同様に実権のない家にした。


 さらに八月の後半になると、信濃守護小笠原長棟が臣従を申し入れてきた。

 越後、越中、信濃、飛騨と小笠原の領地の三六〇度全てが武田に囲まれてしまって、進退極まったと思ったのだろう。

 だから、信濃国安曇郡は召し上げて代わりに上野に領地を与えることにした。守護職だった者をその国に置いておくのは、トラブルの元だ。


 あとは寺に放り込んでおいた今川氏親が出奔した。

 どこかで再起を計るつもりなんだろうが、こういう時に誰が敵か味方かが分かるので、風間出羽守には氏親を遠巻きに監視するようにと指示しておいた。

 俺の家臣になった者のところに転がり込んで、氏親を匿うようならそいつはブラックリスト入り決定だ。捕まえて俺の前に氏親を連れてくれば逆に出世できるだろう。

 氏親も俺に臣従すれば、一〇〇〇石か二〇〇〇石くらいを与えてやったものを、無駄に意地を張るから惨めな逃亡生活を送ることになるのだ。


 信泰が攻めている三河だが、三河の各松平家、吉良家などはほぼ傘下に収めたので、一向宗と戦いを続けている。

 ただし、一向宗は当初の勢力よりもかなり数を減らし、すでに風前の灯だ。

 これも木花之佐久夜毘売命のおかげなので、駿河の富士山本宮浅間大社と甲斐の一宮浅間神社の本殿を改修してそれぞれに銭を献金しようと思う。

 木花之佐久夜毘売命様の名前を使わせてもらっているのだから、これくらいはするべきだろう。それにこれからもまだ使わせてもらわなければならないし。


 

<<お願い>>

評価してくださると創作意欲もわきますので、評価してやってください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一年以上経ってからすみません。 この時代なら、飛騨は三木直頼ではなくて、姉小路家が治めていませんでしたか?
[良い点] テンポ良くて、面白いです。 [気になる点] ▽▽▽ではなく、誰主観なのか書いていただけると読みやすいです。後、人物には出来るだけルビが欲しいです。
[気になる点] 今川氏親が寺から出奔したとありますが、以前の話で氏親を捕らえたエピってありましたでしょうか?
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