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043 上洛準備

 


 大永元年三月一〇日。


 大評定を行うということで主だった家臣が小田原城に呼び出された。

 かつてこの小田原城は我が伊勢家の居城だったが、今や武田の城になっている。しかも、伊勢が居城にしていた頃とは比べ物にならないほどに巨大な城になっている。

 このような巨城は日ノ本のどこを探しても小田原以外にはないであろう。


 某が二人の弟と大広間に入ると、主だった家臣はすでに座られていた。遅くなってしまったか。

 末弟の長綱が京に向かったのは昨年の秋のことだった。殿から京の武田屋敷の警護を任せると命じられ、京に向かったのだ。

 某と弟たちが末席に座ってほどなくすると殿が大広間に入ってこられた。家臣一同が頭を下げて殿をお迎えする。


「皆、よくきた。面を上げよ」


 殿は脇息に手を軽く置き、威風堂々とした佇まいで全員の顔を確かめておられる。


「今回皆に集まってもらったのは、恐れ多くも帝より勅書を賜ったからだ」


 大広間の中が大きくざわついた。殿への勅書とはいったいいかなる内容であろうか。


「静まれ」


 殿のお言葉によって大広間の中が水を打ったように静かになった。


「勅書の内容はいたって簡単だ。俺に上洛し天下泰平のために尽力しろというものだ」


 再び大広間が騒々しくなった。それもそうだろう、殿に上洛を促す勅書をいただいたのだ、騒がずにいられるだろうか。


「皆の気持ちも分かるが、静まれ」


 殿は苦笑いを浮かべている。しかし、家臣一同これほど嬉しいことはない。


「殿! いつ上洛されますか!?」


 武蔵の忍城主である成田親泰殿が身を乗り出すようにしている。あの御仁とは何度か戦場で相まみえたことがある。なかなか油断ならぬ用兵を行う兵法者だ。


「すぐにはできぬ」

「何ゆえにございますか」


 同じく武蔵高月城主の大石定重殿も身を乗り出している。困ったものよ。

 今の武田は日ノ本一の大大名だが、敵がいないわけではない。岩代の蘆名、下総の千葉、上総の武田、信濃の小笠原、そして越中の一向宗。軽く見渡しただけでもこれだけの敵に囲まれている。

 そして、そういった敵がいなくなっても上洛をするとなれば、どの国を通って上洛するかという問題もある。一番可能性が高いのが東海道を上ることだろう、次点は中山道だろうか。どちらも武田の勢力圏ではない。

 さらに、仮に上洛できたとして、ここで問題になるのは足利将軍家である。

 殿が天下泰平のために尽力するということは、足利将軍家の頭を越えて天下に号令するということ。それはつまり足利将軍家を将軍の座から引きずり降ろすことになる。大きな抵抗と混乱があるのは間違いない。


「上洛の準備には時間がかかる。特に美濃と近江を俺の支配下に置かねば、持続的に天下泰平のために尽力できぬ」


 殿は中山道による上洛をお考えなのだろうか。

 確か現在の美濃は土岐頼武と弟の頼芸が争っていると聞く。その隙をついて侵攻すれば、苦もなく落とせるはずだ。

 一方、近江に目を向けると、六角家が南近江を支配している。殿が上洛するには、この南近江を通らねばならない。

 しかし、六角氏綱は信用ならない。先の将軍足利義澄公を匿った六角だったが、義澄公が病没されると、匿っていた水茎岡山城主九里信隆を討ち取って義稙公にすり寄った人物だ。このような人物を殿はとても嫌うご気性だ。

 その六角氏綱だが、矢傷のために臥せっていると聞くが、仮に六角を武田につかせることができたとしても南近江を抑えている六角は邪魔になる。国替えに応じればいいが、そうでなければ間違いなく争うことになろう。


「なれば、美濃と近江を平定し、武田の領地にしましょうぞ!」

「それだけではない。俺が上洛するということは将軍を放逐するということだ」


 先ほどまでざわついていた大広間内が静まった。

 皆、上洛という言葉の裏にある意味を分かっていなかったようだ。いや、重臣の方々は分かっておられたようだな。


「将軍が素直に従えばよいが、そうでなければ将軍と戦うことになる。そうなれば、将軍を討たねばならぬことになる」


 将軍を討つことになる。誰もがこの言葉の重みを感じていることだろう。


「帝のご意思なれば、将軍を放逐し、または討伐するのになんの不都合がありましょうや!」

「そうでござる!」

「左様だ!」


 武蔵、上野、下野の国人たちが声高に主張する。たしかに帝のご意思は将軍家よりも優先されるはずだが、今の世にそう思う大名がどれほどいるか。皆、足利将軍家に畏怖を抱いている。

 特に西国の諸侯は将軍家の影響力が大きいはずだ。

 武田が足利将軍家を放逐しても、そういった西国の大名たちが足利将軍家を奉じて上洛しようとすかもしれぬ。

 特に大内家は武田家と並ぶ大大名であり、将軍義稙公を後見しておられる。戦いになれば、日ノ本は応仁の乱のように混乱することになるであろう。


「殿は将軍にお成りになりましょうか」


 武田譜代であり重臣である板垣信泰様が殿を真っすぐ見つめてお聞きになられた。

 板垣様は殿が幼少の頃からお側に仕えたお方で、殿のご信任も厚い方だ。


「俺が将軍か、信泰はどう思う」

「某は殿のお心の内をお聞きしております」


 ここまで踏み込んだことが言えるのは板垣様だけであろう。だから、板垣様もあえてお聞きになっているのだ。


「正直言って将軍などに興味はない。天下を治めるのに将軍という職が必要なら就くが、そのていどのことだと思ってくれ」

「つまり、将軍にならぬと?」

「古来、この日ノ本は朝廷によって治められていた。しかし、平氏が力をつけ武家による政治が形造られ、源氏によって幕府政治が確立された。つまり幕府でなくても日ノ本を統治できる仕組みがあればいいのだ」

「殿はその統治の仕組みをお造りになられると申されますのか」

「そうだ。今の幕府とは違った新しい統治のための仕組みを造る」

「「「おおおおっ!」」」


 新しき統治の仕組み。殿はなんと壮大なことをお考えなのか。だからこそ武田をここまで大きくすることができたのだな。

 我らのような常人には考えも及ばぬことをお考えになられるから殿は強いのだ。


「皆、俺についてくるか? 俺についてきたものには面白き世を見せてやる」

「我ら一同、殿に従い、新しき世を見とうございます!」

「「「新しき世を!」」」


 皆が殿に酔っておられる。いつもは寡黙であまり我らの前ではほとんど口を開かぬ殿だが、皆を惹きつける特別な何かを殿はお持ちだ。

 某も新しき世を見てみたい。殿がお造りになられる新しき世、楽しみだ。


 ▽▽▽


 あー、疲れる。家臣を先導するのも肩が凝るぜ。

 俺がしようとしていることは足利の世を終わらせるものだから、足利にしてみれば扇動だろう。しかし、俺は家臣の先頭に立って導くのだから先導でいい。


「俺が新しき世を築くためには、やらねばならぬことが多い。上洛は再来年になるだろう。それまでに皆にやってもらうことは多いぞ」


 俺の言葉で家臣たちが静かになった。


「武田縄信」

「ここに!」


 叔父上が軽く頭を下げた。


「下総を平らげよ。その後は下総を任せる」

「ありがたき幸せ」


 これはすでに叔父縄信に書状で知らせていることなので、変わりはない。


「甘利宗信」

「ここに」

「宗信は下野に入れ。岩代と磐城を抑えよ」

「承知いたしました」


 最初は下野に海野を入れようかと思ったが、甘利に越後半国で海野に一国では武功に対してのバランスが悪いので、逆にした。


「油川信守」

「はっ」

「信守は信濃北部、越後南部の国人を率いて一向宗と小笠原に当たれ」

「承知いたしました」


 信守が越中を得たら武田姓を名乗らせ越中を与えようと思っている。叔父信恵の反乱の呪縛からそろそろ解放してやらないとな。


「海野棟綱」

「ご前に」

「棟綱は越後北部に入れ。出羽を抑えつつ油川と甘利を支援するのだ」

「承って候」


 難しい役だが、棟綱ならやってくれるだろう。


「板垣信泰」

「はっ!」

「信泰は三河へ軍を進めよ」

「ありがたき幸せ!」


 今回の準備段階で一番大変なのは信泰だろう。


「三河は一向宗の勢力が強い。心してかかれよ」

「ははっ」


 関東はあまり一向宗の勢力はない。だが東海道の三河には一向宗の勢力がある。

 あの徳川家康も一向宗とは死闘を繰り広げ苦労した歴史がある。しかも、隣国の尾張とその隣国の伊勢の国境付近に一向宗の拠点である長島があるので、その影響が強いのだ。

 長島は海運の要所でもあるから、一向宗としても勢力を保ちたい場所のはずだ。そのため史実では織田信長と壮絶な戦いを繰り広げた場所でもある。


「土屋貞綱」

「はっ」

「第一海軍奉行に任ずる。信泰の指揮の下、三河攻めを支援せよ。補給、兵の運搬、港の占拠、暴れまくれ」

「ありがたきお言葉!」


 土屋は海軍奉行として多くの海賊衆を率いる。

 今後は志摩の九鬼水軍も従えてほしい。いや、九鬼水軍は俺の直轄にしようかな。


「諏訪頼満」

「はっ」

「南信濃勢を率いて飛騨を攻めよ。飛騨も一向宗の力が強い。心しろよ」

「承知いたしました」


 これで近隣の一向宗の勢力を全て攻めることができる。


「柿崎利家」

「はっ!」

「利家は第二海軍奉行だ。油川信守の下で海上支援せよ」

「ははぁっ!」


 利家は本当は陸上戦力にしたかったが、日本海側の武田海軍を編成したのが利家だから海軍奉行にした。

 息子の柿崎景家が育てば俺のそばに仕えさせて、騎馬隊を任せていいかもしれないな。

 武田と上杉の血を引く騎馬隊か。強そうだ。


「長尾景長」

「はっ」

「申し入れがあった、家督を息子に譲るのは許す」

「は、ありがたき幸せ」

「ただし、隠居は許さん。景長は俺の相談役としてそばに仕えよ。手当は三〇〇〇石だ」

「このような老体に何ができるかわかりませぬが、よろしくお願いいたしまする」


 最近の景長は体調がすぐれないらしい。まだ五〇歳にもなってないので、この小田原で療養させて様子を見ながら相談役として使おうと思う。息子はまだ一二歳だが、なんとかなるだろう。

 今は飯富道悦だけしかいない相談役に景長を加える。元は関東管領の家宰をしていたのだから、顔が広く各家の事情に通じているところが強みだ。


「真田頼昌」

「っ!? ……ここに」

「新たに設ける軍略方を任せる」

「ありがたき幸せ」

「軍略方は武田の軍事の要となる部署だ。頼んだぞ」

「ははぁぁっ」


 頼昌は自分の名前が呼ばれるとは思ってもいなかったのだろう、かなり焦った表情をしていた。


「伊勢氏綱」

「はっ」

「氏綱も軍略方に配属する。軍略方の者は全員評定に出席させる」

「誠心誠意努力いたしまする」


 うむ、氏綱はクールだ。頼昌と氏綱で軍略方を盛り上げてもらおう。


 

<<お願い>>

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[良い点] これはなかなか描写が難しいですが、巧みに戦略配置と統一戦略の方向を書いていると思います。
[良い点] 作中の時間が、勢いよく流れていて、読み手としてもついつい前のめりになってしまう作品で、何が言いたいかと言うと、滅茶苦茶面白いです [一言] 思わず一気見してしまいました。私自身は、歴史に明…
[良い点] 他の作品と時代が少しずれているので、西国の大内などの名前が出てきて個人的に嬉しいです! 変に楽観的ではなく根切りも辞さないところなども良いと思います! [一言] また更新お待ちしてま…
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