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040 公卿

 


 永正一三年四月二一日。


 殿は毎日お忙しいのに、この石和館においでの時は欠かさず顔を見せてくださいます。

 九条様、近衛様、楠浦様、勧修寺様、そして私の仲が拗れないように気を使ってくださっています。ありがたいことです。

 近衛様がお産みになられた男子の五郎様を嫡男にすることは事前に決まっておいででしたので、五郎様をお産みになられた近衛様の機嫌はよろしいです。

 しかし、九条様はお気分が沈みがちで、時々ふさぎ込んでいます。そのことは殿もお気になされておいでですが、こればかりはなかなか上手くいきません。


「上杉殿、懐妊したそうだな」

「はい、殿のおかげにございます」


 そう、私は二人目の子を身ごもりました。今年の一二月が臨月になります。


「男でも女でもどちらでもよいので、丈夫な子供を産んでくれよ」

「ありがとう存じます」


 殿は生まれてくる子供の性別が男子でなくてもいいと、いつも仰ってくださいます。武家に限らず多くの場合は男の子を望みますが、殿はそういうことはありません。


「一郎も健やかに育っているし、俺は幸せ者だ」


 殿の胸に抱かれて寝ている一郎の顔を見れば分かりますが、殿は本当に一郎に愛情を注いでくださいます。

 縁側にお座りになって暖かな日の光を浴びて、殿は本当に幸せそうにしております。


「戦なんかより、こうしているほうが楽しい」

「世の中では殿は木花之佐久夜毘売命様の加護を受けた軍神だと言われておりますのに」

「木花之佐久夜毘売命様には感謝してもしきれぬ。だが、俺は軍神などではない。ただの人よ」

「まあ、戦で負けた方々が聞いたら悔しがりましょう」

「そうか、……そうだな。俺が軍神なら負けても当たり前だが、ただの人に負けたのであれば悔しいか。うむ、そうだな。軍神ということにしておくか」

「うふふふ」


 本気で仰っているから可笑しいです。


 ▽▽▽


 四月に入ってすぐに油川信守が越中に進攻した。越中の神保と椎名が泣きついてきたからだ。

 史実では神保は一向宗寄りだったと思ったが、この世界では違うようだ。まあ、宗教を隠れ蓑にして好き勝手やるような奴らを受け入れる大名や国人がいたら、頭の回路が二、三本切れているんだろう。(自分のことは棚に上げている)


 今年は御大礼が執り行われるので、公家たちがやる気になっている。京周辺の不穏な動きを牽制するために頻繁に周辺国をいったりきたりしているそうだ。

 史実では後柏原天皇が御大礼を執り行おうとしたら、将軍義稙は京を出奔して御大礼に列席していない。本気でアホだ。

 一応、そんなことにならないように、俺が念を押しておいたので公家たちも京の周辺にいる縁故を頼って騒動を起こさないようにと説得して回っている。

 公家がそうやって動けば、義稙(アホ)も軽挙は慎むだろう。


 弟の吸江英心も還俗して武田信房を名乗らせた。関東管領殿から一字をいただいて、信房(のぶふさ)だ。

 信房は京の叔父信賢の元で働かせている。かなりごねたようだが、信方がなんとか説得した。

 俺は坊主の説教は苦手なんだ、だから信方に丸投げしたわけだ。

 坊主の説教が苦手だから信房を京に送ったわけではないぞ。最近では京の武田屋敷に多くの公家が出入りするので、叔父信賢も一人では大変だと思って信房を送ったのだ。

 坊主だったから俺よりは公家の対応もできるだろうと思ったわけだ。

 本当は信友を送ろうかと思ったが、母上が難色を示したので断念した。俺も母上には弱いのだ。


 俺が従三位を賜った時に、叔父信賢も従四位下左衛門督(さえもんのかみ)、叔父縄信が従四位下左京大夫、従弟の油川信守が従五位下左京亮(さきょうのすけ)、弟の信友は官位が従五位下から従五位上に上がったが、官職は大膳亮のままだ。

 これは帝の御意思というよりは、武田と朝廷の繋がりをより強固なものにしたいという公家たちの考えだろう。


「殿、検地の報告書ができあがりました」

「うむ、これに」


 開拓方の青木信種から分厚い書類を受け取る。どれどれ……。

 信種の報告書では、甲斐二七万二〇〇〇石、駿河二〇万石、伊豆九万石、相模二二万三〇〇〇石、武蔵七七万五〇〇〇石、上野五六万八〇〇〇石、下野四〇万石、越後四三万九〇〇〇石、信濃三二万石、下総五万石。開墾が進んだこともあるが、総石高は三三三万七〇〇〇石。


「検地を嫌がる国人もおりましたが、概ね問題なく検地が進みました」

「検地をすることで開墾可能な土地を把握でき、今の石高を知ることで開墾後の収入増が分かるのだ。従ってもらわねば困る」

「石鹸作りと綿花の栽培、そして養蚕を伝えたことで、国人たちの収入が増えたことが大きいというのもあります」

「そういった産物による収入が増えれば、米の生産に依存することもないからな」


 俺の家臣になった家には石鹸の作り方を伝えている。他にも養蚕と綿花栽培など多くの産業を興しているので、国人たちの懐は潤っているはずだ。

 石鹸は日ノ本だけではなく明や朝鮮でも売れているので、作ったら作っただけ売れるし、関を廃したことで商人が領内のどこへでもいくことができ、経済が活発化しているのが大きい。

 関を廃することに最初は抵抗した国人も今の賑わいを見たら考えを改めて武田の支配を受け入れているだろう。


 武田領の税は四公六民だ。他の家の領地は七公三民か六公四民なので低いと思う。

 その上で農民たちに石鹸を作ってもらうことで農民は副収入ができて潤うし、国人たちも潤う。だから、国人だけではなく農民も武田の支配を受け入れるのが早い。


 信種の報告書を確認していると、どすどすと足音がした。

 俺の家臣たちの多くはこうやって自分を誇示するかのように足音を立てて歩く。床が板なのでその音はよく響くのだ。


「ご免、信泰にござる」

「入れ」


 板垣信泰が障子を開けて入ってきた。新年の挨拶で顔を合わせているが、見るたびに顔が日焼けで黒くなっていく。

 もう海の男と言っても初めて会う奴なら信じるだろう。すぐ船酔いするけどな。

 信種が席を譲りそこにどかりと座ると、信泰は俺に頭を下げた。


「板垣信泰、お呼びにより参上いたしました」

「信泰、わざわざきてもらってすまなかったな」

「殿からのお呼びであれば、どこへなりとも参上しますぞ。殿に呼ばれるということは、何か面白きことがあってのことでしょうから」


 なんで俺が呼び出したら面白いことがあると思うのかな?


「面白いかは分からんが、これを読め」


 信泰に書状を渡した。俺が書いたものではない。もらったものだ。


「しからば」


 信泰が書状を読み進めると口角が上がっていくのが分かった。


「とうとう遠江を攻めるのですな」

「そうだ、書状にも書いてある通り、武衛家と武田で遠江を分割統治する」


 書状は武衛家の斯波義達からのもので、内容は今川を攻めて遠江を分割統治しようというものだ。

 今までも何度か同じような手紙をもらったが、今回は分割統治を明確にするならば、天竜川より東を武田、西を武衛家で治めようと踏み込んだものになっている。

 斯波義達もなかなかやるもので、家臣の織田家が軒並み今川討伐に反対している中で今川と戦っている。

 しかも反対して反旗を翻した守護代の織田達定を攻め滅ぼしているのだ。だから決して戦下手というわけではないが、今川も必死だから手古摺っている。

 もっとも、史実では織田によって斯波義達が追い出されることになるが、俺が関東甲信越で二〇〇万石を得た世界ではどうなることか。


 斯波義達がここまで言ってきたのだから、俺もそろそろ今川を滅ぼしてもいい頃だと思って、今回信泰を呼び出した。


「すでに重臣たちと諮って武衛家の案を飲むことにした。今年六月二〇日になったらお互いに攻め込むことになっている」

「それを某にお任せいただけるのですな」

「信泰も今まで防御に専念していたのだ、鬱憤が溜まっているだろう。遠江のことはお前に任せるから思う存分にやれ」

「その命令を待っておりましたぞ、殿。隠居前に派手にやってやりますぞ」

「隠居だと?」

「ははは、某も五〇を超えましたからな、そろそろ信方に家督を譲って隠居する時期でしょう」

「何を言っているのだ。武田は急激に大きくなったことで家臣が足りないのだ。あと二〇年は現役で働いてもらわねば困るぞ」

「それでは現役のままお迎えがきてしまいますぞ」

「バカ者、二〇年後に隠居した後は俺の相談役として一〇年は出仕してもらうからな」

「殿もこき使いますな」

「俺より先に死ぬのは不忠と心得よ」

「はっ、殿より一日でも長く生きてみせましょう」

「うむ、それでいい。遠江のこと全て信泰に任せる。室住虎光、虎登親子を配下に加える。思う存分戦ってこい」

「ご配慮痛み入ります」


 信泰は頭を深々と下げた。室住虎光は先々代の武田信昌、つまり俺の爺さんの庶子で俺の叔父に当たる人物だ。そして室住虎登は信泰の息子(信方の弟)であり、子がない室住虎光の養子になっている。

 俺と信泰にとって結びつきの強い親子なので、働き次第でどんどん引き上げていこうと思う。


 今年は叔父縄信の第一軍団が下総の千葉家、信泰の第二軍団が遠江の今川家、海野の第四軍団が信濃の村上家と小笠原家、油川信守の第五軍団が越中の一向宗を相手に戦う。

 軍団で動いていないのは甘利の第三軍団だけだが、甘利は蘆名を抑えてくれるだけでいい。


 

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