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004 逆行転生

 


 冬がきた。夏から秋にかけて薪と食料の備蓄はしてあるが、心配は尽きない。

 しかし、俺にはやることがたくさんあるので、前に進むことにしよう。


「父上、京へ赴いて朝廷と幕府に挨拶してこようと思います」

「なんじゃと!?」


 この時代は朝廷の権威と幕府の権威が並び立って存在している。

 俺は天下を狙っているので、幕府とはいずれ敵対する可能性が高い。だけど、今は幕府とあからさまに敵対することはできない。こういうのは勢力が拡大してきたときに立場を明確にすればいいのだ。


「信直、どういうつもりだ?」

「父上は幕府より甲斐守護職、朝廷からは左京大夫、陸奥守を賜っておりまする」

「うむ、そうだ……。それがどうした」


 信縄おやじ殿は怪訝な表情だ。


「しかし、信恵叔父上は今でも武田宗家の地位を狙っておいででしょう」

「……うむ」


 信縄おやじ殿は子供の俺が叔父信恵の考えを読んでいることに驚いているようで、口数少なく答えた。


「そこで、私は甲斐武田宗家の嫡男として、父上の次の甲斐武田宗家を継ぐ者として、今のうちに朝廷と幕府に挨拶をしておこうと思います」

「なるほど……。しかし、それでは信恵を挑発することになるぞ」


 実を言うと、信縄おやじ殿に会う前に叔父信恵に会いにいった。

 叔父信恵に直談判して武田宗家の地位を諦めさせようと思ったからだ。だけど、叔父信恵は回答を保留した。

 回答を保留するということは、野心を捨てきれないということだ。


 来年、永正二年九月に祖父信昌が他界してたがが外れる前に、甲斐武田宗家の次期当主が俺だということを叔父信恵に印象付けておきたい。そのための上洛なのだ。


「そのための上洛でございます。叔父上には誰が次期当主か、しっかりと認識してもらいまする」

「信直は本当に七歳の子供かと時々思うことがあるぞ」

「誉め言葉だと受け取っておきます」


 信縄おやじ殿は腕を組んで微妙な表情をした。


「分かった。朝廷と幕府への献上の品々を用意させよう」

「父上、今上天皇きんじょうてんのうは即位礼を行っておりません。あまり多くの献金をされますと幕府との関係が悪化しますので、献金はわずかにして献上の品々を多めにしてくださいますよう、お願いしまする」


 現在の後柏原天皇ごかしわばらてんのうは、後土御門天皇ごつちみかどてんのうが崩御されたため、明応九年一〇月二五日に即位したが即位の礼は行っていない。

 これにはいくつかの理由があるが、その最たる理由が応仁の乱後の混乱期のため、朝廷の財政が逼迫していることだ。


 現在の足利将軍家は一一代目の足利義澄(あしかがよしずみ)だが、この義澄が即位の礼を行えるように献金をしようとしたら、管領の細川政元が『即位礼を挙げたところで実質が伴っていなければ王と認められない。儀式を挙げなくても私は王と認める。末代の今、大がかりな即位礼など無駄なことだ』と義澄の献金を阻止したという経緯もある。


 今の朝廷と幕府はあまりいい関係とは言えないだろう。とは言え、朝廷は幕府をいいように操ろうとしているし、幕府はそんな朝廷の意図を知らないわけがないので、つかず離れずの状態だと思う。


「のう、信直よ」

「なんでございましょう」

「信直は本当に七歳か」

「もうすぐ八歳になりますが、七歳で間違いないと存じ上げます」


 信縄おやじ殿が困惑したり、驚いたり、悲しそうにしたり、とにかく顔色がよく変わる。俺はあんたの子だから歳くらい覚えておいてくれ。

 とにかく、なんとか上洛の目途がついたので、俺はその準備に入った。


 ▽▽▽


小畠孫十郎(おばたまごじゅうろう)と申します。若君のご尊顔を拝し恐悦至極にございまする」


 人当たりのよさそうな顔の小畠孫十郎はまだ一四歳の若者だ。

 浪人だった父親の日浄に従って遠江から甲斐へきたのが明応九年で、日浄は信縄おやじ殿に士官した。しかし、武田宗家に反旗を翻した今井信是いまいのぶこれを鎮圧する軍に参加して日浄は討死してしまった。


「孫十郎、日浄のことは残念であった」

「若君に名を覚えていただいただけでも、父日浄は草葉の陰で喜んでいると思いまする」

「うむ、孫十郎が小畠の家を継ぐと聞いた。よって、そなたに名を与える」

「ありがたき幸せにございまする」

「そなたの新たな名は虎盛とらもりだ」


 小畠虎盛は武田二四将に名を連ねる武将で、本来は俺が信虎に改名した後に偏諱として虎の字を与えて虎盛になるはずだったけど、まぁいいや。

 この虎盛は信虎が甲斐国を統一した後に起こるはずの戦で大活躍をしたことで有名だ。

 今川氏親の命で河内路を進行してきて富田城を陥落させた福島正成が、さらに甲斐へ攻め込んできた際に、原虎胤と共に先鋒として迎撃の最前線を担って活躍したのが虎盛である。

 ちなみにこの時の戦いで信虎に味方する国人たちはほとんどおらず、小兵力で福島の大軍を迎え撃つことになるが、圧倒的な兵力差があっても上条河原で武田軍は福島軍を撃ち破っている。


 話を戻すが、今回、俺が上洛するのに合わせて、信縄おやじ殿に頼んで虎盛を俺の直臣にしてもらったのだ。


「これからは俺の直臣として働いてもらうぞ」

「この虎盛、若君へ終生の忠誠をお誓い申し上げまする」


 その言葉を信じたいが、信玄が信虎を追放したら君は信玄についたよね? まぁ、信虎と言えば家臣を何人も手討ちにしている暴君だったので、そうなっても仕方がないところはあったけどさ。今度は頼むよ!


「早速だが、上洛をするので、信泰と共に供をせい」

「は! 直ちに準備に取りかかりまする」


 京の都にいけるのが嬉しいのかな? 目がキラキラと光っているぞ。


 ▽▽▽


「信方、俺が留守にしている間のことは頼んだぞ」

「は、お任せください!」


 今回の上洛に信方は連れていかない。信方まで上洛すると、俺の家臣をまとめる者がいなくなってしまうからだ。今の俺の家臣は元農民の子供が多くまとめ役が必要で、そのまとめ役を信方にしてもらう。


「虎盛、俺の分まで若をお守りしてくれ」

「はい。信方様の分まで若をお守りいたします!」


 いずれ武田家臣団の中枢を担う二人が固い握手をしているのを、俺は微笑ましく見ている。


「時々、若の年齢が分からなくなります」


 信泰が、俺を見ていた。

 前世も含めれば、信泰よりも年上だからそういう印象を持たれても仕方がないと思う。


 今回の上洛は駿河に入り、清水湊から船で堺へ向かう。


 現在、駿河を治めているのは今川氏親で、今川氏親とは堀越公方足利政知の子の足利茶々丸の件もあって関係は微妙だ。

 今川氏親は将軍義澄の命を受けて足利茶々丸を討伐する軍を出した。その軍を率いていたのが、今川家の客将であった伊勢新九郎(後の北条早雲)だ。

 将軍義澄が茶々丸の討伐令を出したのは込み入った話になるが、簡単に言えば骨肉の争いである。

 実を言うと、足利茶々丸は将軍義澄の異母兄なのだ。共に足利政知の子で弟の義澄は室町幕府の征夷大将軍になっていて、兄である茶々丸は義母と異母弟を殺して堀越公方足利家の家督を相続したが、それが許せなかったのか、将軍義澄が茶々丸討伐令を出して、茶々丸は伊豆を追われることになった。


 伊豆を追われた茶々丸は山内上杉家を頼っていたが、その後は武田家を頼って甲斐に入った。当初は茶々丸を匿っていた武田家だが、扱いに困っていたのも事実で、山内・扇谷の両上杉家の争いである長享の乱が終わり、伊豆を平定して相模に進出した伊勢新九郎に茶々丸を引き渡したのが武田家なのだ。

 兄弟喧嘩や家庭内の問題を大規模にしただけの話だが、こういった話は堀越公方の家だけではないので、質が悪い。


 そんなわけで茶々丸を巡った争いと隣国ゆえの争いが今川家とはある。

 だが、今回は朝廷と幕府に対して献上の品々を送る旅なので、今川も簡単には手を出してこない。そんなことをして朝廷や幕府に知られたら今川家にとってもマズイ事態になるし、今の今川家は遠江で武衛家(斯波氏)と戦っているので、甲斐武田まで手を伸ばすことは難しいと思われることから、駿河経由で上洛することにしたのだ。もちろん、事前にそれなりの根回しをしている。


 甲斐は海がないので、塩の面でも経済の面でも弱い。だから俺は駿河がほしい。

 今川家と武衛家が争っているうちに、なんとか駿河を手に入れたいと思っているわけで、その下見という意味も今回の上洛にはある。


「出立」


 俺の合図で献上品を積んだ荷車の列が動き出した。


 

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[気になる点] >いずれ武田家臣団の中枢を担う二人が固い握手をしているのを、俺は微笑ましく見ている。 握手の習慣なんてこの時代この場所にあったの?
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