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037 公卿

 


「憲業、小田原を手に入れたぞ」

「はっ、ではさっそく小田原城の調査にとりかかり、早急に絵図面を作成します」

「うむ、頼んだぞ」


 小田原を伊勢氏綱から取り上げたのは、小田原城を取り壊して俺の城を築くためだ。

 その話を長野憲業から聞いた時には、小田原は伊勢氏綱が支配していた。

 他人の城を取り壊して新しい城を築くと言う憲業に、何言っているんだこいつと思ったが、小田原は世に聞こえし名城になった。

 あの上杉謙信が一〇万の兵で攻めても落ちなかった堅城で、謙信はすごすごと越後に引き上げることになった。

 今はまだそれほどの名城・堅城になっていないが、今の城を取り壊してさらに規模の大きな城を築くというのだ。面白そうだから俺は憲業の案に乗ることにした。


 憲業との打ち合わせの後は、叔父信賢から送られてきた書状について考える。

 書状では、朝廷が将軍家に対して御大礼を行う資金の援助を申し入れたそうだ。

 後柏原天皇が即位してからすでに一二年目なので、俺の言葉を勧修寺様から聞いたこともあるが、痺れを切らしたわけだ。

 朝廷の申し入れに対して将軍足利義稙と管領細川高国は否定的な意見、管領代大内義興はできるだけ銭を出そうということで意見が分かれた。

 結局、将軍足利義稙と管領細川高国の意見が通り、資金援助はされないことになった。

 しかし、朝廷も引き下がらず、主要な守護大名たちに御大礼を行う資金を献金してほしいと呼びかけた。

 俺のところにもその書状はきたが、俺の方針は将軍義稙が銭を出さない限り献金しないということだ。

 今回の朝廷の対応に将軍義稙はかなり憤慨したらしいが、後柏原天皇が御大礼を行えないのが将軍家のせいということもあって、強く出られない。

 そのため、将軍義稙は完全に朝廷に顔を潰された格好になった。

 本当は前将軍の義澄が行うべきだったが、その義澄を追いだして将軍になったのだから、義稙が行わなければならない。将軍ってのはそういうものだ。


 日ノ本の各大名から朝廷への献金は思うように集まっていないが、俺は三〇〇貫文を献金した。これで将軍家の顔を潰さず、朝廷にも角が立たないだろう。

 将軍家など早く潰れてしまえばいいと思うが、今はこちらのごたごたがあるので将軍家と大きな諍いを生じさせるわけにはいかないのがもどかしい。

 御大礼に必要な額はおよそ三〇〇〇から四〇〇〇貫文。一〇分の一の献金だが、こちらにも都合があるので我慢してもらおう。


 ▽▽▽


 永正一二年五月二日。

 勧修寺尚顕様の妹である国子姫が輿入れしてきた。

 九条家や近衛家ほどではないが、多くの従者を引き連れてやってきた。


「国子にございます。幾久しくお願い申し上げます」


 今年で一五歳の丸顔の可愛い系少女だ。

 大叔母の藤子様が後柏原天皇の典侍であり、次の天皇である後奈良天皇の国母である。

 勧修寺家を通してだが、天皇家と縁続きになる日がくるとは思ってもいなかったよ。


「左京大夫信虎である。遠路はるばるよくきてくれた」


 勧修寺家の家格は名家なので羽林家と同格だ。

 しかし、藤子様が国母になり、さらに四〇年後には晴子様が生まれて、晴子様が後陽成天皇を産んで国母になっている。

 つまり、これからの勧修寺家は天皇家と強く繋がる家なのである。


「俺は京のことや雅なことには詳しくないが、ここには九条殿、近衛殿もいるし、多くの公家の方々もいる。寂しくはないと思う」

「ご配慮、ありがとう存じます」


 表情は硬いままだが、知らない土地、しかも京から遠い田舎へきたのだから仕方がない。

 これから慣れてくれればいいが、京が恋しいと言われたらどうしよう……。


 ▽▽▽


 永正一二年六月一三日。


 ため息が漏れる。お上にご苦労をおかけし、情けないことである。

 権大納言勧修寺尚顕によれば、武田左京大夫は将軍家が動かなければ動けないらしい。左京大夫は武家ゆえ、公方の顔色を窺っているようだ。


「ふー」


 またため息が漏れた。


「関白さん、何度目のため息じゃ」


 前関白(さきのかんぱく)近衛尚通さんが麻呂の顔を覗き込んでくる。

 最近は左京大夫さんから資金援助を得てかなり羽振りがよいと聞く。それはその横に座っておいでの九条尚経さんも同じか。羨ましいことよ。

 この二人は犬猿の仲であるはずだが、左京大夫さんを通じて関係を修復しているように見える。


 この鷹司兼輔、左京大夫さんを巡っての競争に一歩、いや、二歩ほど遅れを取ってしまった。それが悔やまれる。


「大内も武田も公方さんの顔色を窺っておる。困ったものです」

「御大礼の件じゃな」

「どうすれば、御大礼を執り行えるのか……」


 我ら三名、雁首を並べてもよい案はなかなか浮かばない。だが、近衛さんが面白いことを言い出した。


「武田を公卿に引き上げてはどうじゃ」


 左京大夫さんを公卿にか……。

 しかし、今は大内さんが従三位で、武家では公方さんの従二位を除けば滅多にないことだ。だが、前例はいくらでもあるか。

 しかし、公卿は武家だけではなく公家でさえ憧れる地位である。それゆえ、公家の中の反感もかなり出るのではないだろうか?


「従三位中納言……いや、近衛大将でどうじゃ」

「左様ですな、近衛大将であれば公家からの反感も少ないでしょう」

「少々お待ちを」


 麻呂と近衛さんが話をまとめていると、横で聞いていた九条さんが待ったをかけた。

 扇子で口元を隠しており、表情が緩んでいることから悪しきことでも企んでいるのだろう。


「左京大夫さんを公卿にするのであれば、思い切って従二位を与えましょうぞ」

「「なっ!?」」


 麻呂と近衛さんは思わず声を上げて驚いた。


「何を申されるか、従二位と言えば公方さんと同じではないですか」

「関白さんの仰るとおりじゃ。いくらなんでもそれはマズかろう」

「されば、公方さんが頼りにならぬということを朝廷として意思表示するのだ」


 たしかに公方さんは頼りにならぬ。しかし、公方さんと同じ従二位はさすがに……。


「公方さんと左京大夫さんが同じ従二位に叙せられたら公方さんはどう思うか」


 近衛さんは難色を示しているが、これは九条さんの提案だからであろう。まだわだかまりがあるのは仕方のないことだ。


「公方さんとてそこまであからさまなことをすれば、強硬手段に出るやもしれませんぞ」


 麻呂は懸念を口にした。


「ならば、仕方があるまい。従三位でもよいであろう」


 九条さんが引き下がっただと? どういうことだ? 近衛さんも九条さんの引き際のよさに戸惑っている様子。

 しかし、これで従三位で話がまとまった。あるていどの調整は必要だが、なんとかなりそうである。

 朝廷が左京大夫さんの従三位でまとまれば、あとは駿河守を呼んで内々の話として話せばよかろう。


 ▽▽▽


 叔父信賢から書状がきた。それによれば、俺に従三位左近衛大将をという話があるそうだ。

 昨年の一一月に従四位上を賜ったばかりだというのに正四位下、正四位上を飛び越えての従三位だ。

 段階的に俺の位階を上げていくと思っていたらこの話がきた。

 理由は簡単だと思う。俺に従三位を与える代わりに御大礼の費用を負担しろと言うのである。

 もちろん、表だって御大礼の話はしない。本当に面白いことを考えられるものだ。

 俺が従三位をもらえば、そのお礼をすることになる。そのお礼で御大礼の費用を出せと言っているわけだ。そうすれば、将軍家は何も言えない。その銭は官位官職に対するお礼の献金なのだから。


「殿上人の方々も色々と考えるものですな」


 俺から書状を渡され読んだ信方が苦笑いを浮かべる。


「しかも、書状の最後には九条様が従二位と仰せになったとありますぞ」


 信方が俺を見る。


「九条様の印象操作だな」

「印象操作……?」

「九条様が従二位をと仰られても他の方々が許さぬ。それを分かっていて従二位を口にした。その事実が九条様と他の方々の、俺に与える印象が違うというわけだ」

「なるほど……」


 九条様もなかなかの狸だ。近衛様と少しでも差をつけようと頑張っている。


「して、献金されるのですか」

「しなければなるまい。殿上人の方々の苦肉の策を無下にしたら恨まれそうだ」

「たしかに」


 向こうも二度と使えない手を使ってきたのだ、それを考えたら献金しないわけにはいかないだろう。献金しなかったり、献金の金額が少なくて恨まれてはかなわん。


「それでは駿河様に献金をお命じになりますか」

「うむ。叔父上に文を書く」

「献金額がどれほどに」

「五〇〇〇貫文だ」

「ご、五〇〇〇!?」

「殿上人の度肝を抜かせてやる。そして、この俺にもっと依存する。そうすれば、俺の天下も近くなるというものだ」

「なるほど。あえて必要金額よりも多くの金額をというわけですな」


 俺と信方は二人してにやにやと笑った。

 俺が公卿か、信じられないことだ。これで俺は前世の先祖である武田信玄に並ぶことになる。といっても信玄は死後の大正時代になってから従三位を贈られたんだが。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 史実戦国時代で従二位になったのは大内義隆だけでしたしね。 従二位の地位はそれだけインパクトが有るからなぁ
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