034 越後征伐
北では揚北衆が阿賀野川周辺に兵を集め長尾為景勢力を牽制し、南からは俺が進軍する。
調略もあって同じ長尾家でも上田長尾家はこちらに降った。
元々上田長尾家は山内上杉家の被官なので憲房の家臣筋になるのだが、山内上杉家には家宰として長尾景長がいるので、その縁もあるかもしれない。
他にも国人たちが降伏してきたので、長尾為景は次第に追い詰められていき、信濃の高梨を頼って逃亡した。
俺は高梨に使者を出して長尾為景を引き渡せと要請したが、高梨はそれを断ってきた。越後を落ちつかせてから、高梨を攻めることになるだろう。
越後の国人の多くはこちらに降伏したが、北条城主北条高定、柿崎城主柿崎利家が激しく抵抗している。
この二人は長尾為景が逃げても主君に忠誠を尽くしているようだが、いかんせん、援軍の見込みはない。
長尾為景は信濃に逃げたが、信濃では海野棟綱はじめ、信濃衆が小笠原、高梨、村上を牽制しているし、諏訪は高遠が牽制している。動けば信濃衆も動く手はずになっている。
無理して攻めることはないので、ゆっくりと攻めさせた。多勢に無勢ということもあり、北条と柿崎は降伏してきた。
城兵を助ける条件として二人が俺に仕えることで合意したのだ。
「北条高定にございまする。この度は寛大なる処置を賜り、心より感謝申し上げまする」
「柿崎利家にございまする。北条殿同様、心より感謝申し上げまする」
俺の家臣になって冷遇されるのではないかという不安があるのだろう、疲れ切った顔に不安の色が見える。
「二人の意地、この左京大夫、しかと見せてもらった。今後は俺の手足となって働いてほしい」
「「ありがたきお言葉」」
「ところで利家は海賊の指揮はできるか」
「はっ、海賊衆を率いて戦ったこともございますれば」
「うむ。では、利家に海賊衆の指揮を任す。高定は俺のそばに仕え、越後平定を助けよ」
そんなに驚くなよ。俺は家臣になった者を差別はしないぞ。
「二人とも不満か」
「い、いいえ……某どもは昨日まで敵対しており申したゆえ……」
「今は俺の家臣であろう? 家臣であれば俺のために働け。いいな」
「「ははぁぁぁっ!」」
これでいい。この二人の命を助けただけではなく、すぐに重用したとなれば、他の国人たちも俺に降伏しやすいだろう。
七月初旬まで越後の安定に努めた俺は、信濃へ侵攻することにした。もちろん、岳父の憲房もいる。
最近、憲房のことが少し分かってきた気がする。
憲房はあまり戦いが好きではない。というか、怖がりで戦場に出たくないのだ。
だが、祖父が関東管領だったこともあり、古河公方の息子である上杉顕実に関東管領を譲りたくなかったのだ。
そこで俺に頼んで上杉顕実を関東管領の座から引きずり降ろして、養父である上杉顕定の仇を討たせる策を練った。
憲房は関東管領になって養父の仇さえ討てれば、領地など全て俺に差し出してもいいと思っているようで、俺に娘を嫁がせて自分の血筋に次の関東管領職を譲る筋書きを書いた。
俺の子供(憲房の孫)が関東管領になれば、俺もその子に上野一国くらいは与えるだろうと考えたのだ。なかなか芸の細かいことをしてくれる。
越後から信濃へ侵攻すると、高梨は籠城の構えを見せた。
どうやら小笠原と村上の協力は得られなかったようだ。
もっとも、小笠原と村上は動けないと言ったほうが正しいか。いや、村上と高梨は仲が悪いから援軍するつもりがないのかもしれない。
村上と高梨は善光寺を巡って争った挙句、善光寺を焼いた奴らなので、お互いの悪感情が根深いんだと思う。
「村上も俺の誘いに乗って高梨を攻めればいいものを、何を躊躇することがあるのか? 今さら俺の家臣になっても海野より上にはなれないとでも思ったか? それとも、海野の下につけられるとでも思ったのか」
「意地でございましょう」
北条高定がぽつりと呟いて、しまったといった顔をした。
「意地か。ふむ……、高定、それは一戦もしていない俺には降れないということだな」
「さ、左様で」
「高定もそうであったのか?」
「………」
「別に隠さなくてもいい。お前とて意地があろう」
「お恥ずかしい限りです」
そうか、意地か。ならば、俺も意地を見せてやるか。
この信濃侵攻直前に、望月虎益と風間出羽守から古河公方、宇都宮、扇谷上杉が手を組んで武蔵と上野に進軍をしたと報告を受けた。
やっぱりきたかと思ったね。あいつら、相当鬱憤が溜まっていただろうから、越後攻め中に上野や武蔵を取ろうと画策しても不思議はない。
上野では甘利軍団が備えているし、武蔵では国人たちに扇谷上杉に備えさせている。
攻められたらとにかく籠城して後詰を待てと言ってある。必ず後詰するが、ダメな時は逃げろとも言ってあるので無理はしないだろう。
信濃侵攻で高梨が籠城したのも、しきりに古河公方や宇都宮、そして扇谷上杉とやりとりをして繋がっているからだ。
あいつらはここで俺を挟み撃ちにしたいんだろうな。
だが、俺もただではやられるつもりはない。俺の意地をというものを見せてやろうじゃないか。
とは言っても、まずは目の前にある高梨と長尾為景を潰す。
高梨澄頼は鴨ヶ嶽城と鎌ヶ嶽城にこもって、古河公方たちの来援を待っている。だが、甘利たちが古河公方たちを抑えているので、そう簡単に高梨澄頼たちの思い通りにはならないだろう。
「油川信守」
「はっ」
「鴨ヶ嶽城と鎌ヶ嶽城を廃城にしてやれ」
「承知いたしました!」
鴨ヶ嶽城と鎌ヶ嶽城は共に山城で三町(約三二七メートル)くらいしか離れていない。それほど近い場所なので連携がしやすくこもったのだろうが、そうは問屋が卸さない。
信守が組み立て式のバリスタに炸裂雷筒を括りつけて掃射を始めた。
爆発音が響き渡る。駕臨船には大型のバリスタを設置してあるが、こっちは持ち運びに便利なように組み立て式になっている。だから少し小さめだが、このていどの山城であれば、問題なく届く。
高梨澄頼としては初見の炸裂雷筒が恐ろしかったのだろう、早々に降伏してきた。
もちろん、長尾為景も降伏してきた。もっと敵になり得る俺のことを調べておけよと言いたい。
この降伏を受け入れて、俺は海野棟綱を甘利たちの援軍に向かわせた。
「関東管領殿、これで約束は果たしましたぞ」
「左京大夫殿、感謝する。養父も草葉の陰で喜んでおろう」
長尾為景と高梨澄頼については憲房に引き渡す。
元々、長尾為景は憲房にとって仇だし、高梨澄頼は父親の高梨政盛が上杉顕定を殺した戦いで長尾為景に助力していたので、仇の息子と言える。
どんな処分をするかは憲房次第なので、俺は二人を引き渡して高みの見物だ。
「左京大夫殿。高梨澄頼は寺に幽閉させようと思う、どうか」
「関東管領殿がそうお考えであれば、それでよろしかろうと存じます」
「うむ。さて、長尾為景だが、出家させる。よろしいか」
「出家でございますか……。死罪にはしないのですな」
「出家で構わぬ。それで我が養父上杉顕定の供養になりましょう」
まさか長尾為景を出家させるだけで済ますとは思ってもいなかった。長尾為景に一矢報いて気が晴れたのかもしれない。
しかし、これで上杉謙信が生まれる可能性が残ってしまった。出家させても女性とつき合うことができるのが、武士の出家だ。皆、出家してからも子作りをがんばるんだよ。
寺の住職なんかしている奴らも生臭が多いので、なんちゃって出家が流行っているわけだ。
長尾為景も生臭坊主をしていれば、上杉謙信は生まれるだろう。生まれたら生まれたで俺の手元において子供たちと一緒に育てるのもいいかもしれないが、ここで長尾為景が死ねば生まれなかったのにな……。
さて、越後と信濃の一部を放置するわけにはいかない。
「油川信守、信濃国高井郡と水内郡を任せる。念のため兵二〇〇〇を置いていく。しっかりと統治しろよ」
「え!?」
「どうした、要らんのか?」
「あ、いえ、ありがたき幸せ!」
信守はよく仕え、よく働いてくれた。
叔父信恵のことがあって油川家は衰退していたが、俺の従兄でもある。
そろそろあの時のことは忘れたと内外に知らしめるためにも、信守にはそれなりの所領を与えてやりたいと思っていたところにこの戦いだ。上手くハマってくれた。
「今井信元」
「はっ」
「越後頸城郡の代官を命じる」
「は、ありがたき幸せ!」
「頸城郡には直江津の湊がある。それに築城途中の春日山城もある。越後統治の中心となる土地だ。しっかりと治めよ」
「殿のご期待に添えますよう、誠心誠意努力いたしまする」
「隣の越中では一向宗が勢力を伸ばしているが、俺は木花之佐久夜毘売命様の加護を得ている。仏教でも神道でも弾圧する気はないが、俺の政に介入しようとするものは好かん。二人ともそれを肝に銘じて統治するように」
「承知いたしました」
もし一向宗が俺の領内で政治的な行動をすれば、争うことになるだろう。
政教分離とまで言うつもりはないが、一向宗は国を治めるために無知な農民を自分たちの都合のいいように操っている。そこが気に入らない。
俺だって木花之佐久夜毘売命を使っているから勝手なことを言っている自覚はある。
だが、木花之佐久夜毘売命を崇めよとか、命を捨てろなんて言ってない。死んだら天国へいけるんだったらクソ坊主どもが率先して死ねばいい。




