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003 逆行転生

 


「無理にどうこうしようとは思っていない。先ほども申したが、立ち去っても罰しないので、好きにするがよい」


 念を押して農民の子供たちの意思を確認する。


「あの……」


 二〇歳に満たないと思われる少年が、どうしようか迷った挙句に声をなんとか発した。


「申してみよ」

「オラたちは何をするだか?」


 その質問は当然のことだ。やることも分からないのに決めろと言うほうがおかしいのだ。誰だよ決めろなんて言った奴は。俺だよ。


「木花之佐久夜毘売命様が仰ったのだ。子供らを集め、あるものを作れとな。何を作るかはそなたらが決心した後に話す」


 硝石を作るとは教えられないので、ここでも木花之佐久夜毘売命様の名前を使わせてもらおう。落ち着いたら一宮浅間神社で木花之佐久夜毘売命様にお礼奉納しようと思う。


「オラがそれを作ったら木花之佐久夜毘売命様は喜ぶだか?」

「もちろんだ。それができた暁には、皆で一宮浅間神社に参ろうではないか」


 硝石ができたら俺が喜び、木花之佐久夜毘売命様を祀っている一宮浅間神社を優遇することを誓う。だから木花之佐久夜毘売命様も喜ぶと思う。


「ならオラはご領主様に従うだ」

「オラも従うだ」


 子供たちが口々に俺に従うと言い始めた。木花之佐久夜毘売命様のネームバリューは絶大だ。

 少し心苦しいが、木花之佐久夜毘売命様にはしっかりとお礼をするので、許してほしい。


 何はともあれ、硝石作りのほうもなんとかなりそうだ。硝石作りが軌道に乗るのが早いか、中砲ができるのが早いか、さてどうなるかな。


「信方」

「はっ」


 俺の右斜め前で涼しい顔をして俺が鍛冶師、大工、子供たちを騙していたのを見ていた信方を呼ぶと、信方は俺のほうに向きなおった。


「子供たちのことは信方に任せる。子供たちにはこれを作らせろ」


 信方に渡した四つ折りの紙には、硝石作りの硝石丘法について書いてある。

 春先から夏にかけてニガクサ、サヤク、ヨモギなどの癖のある植物を収穫して、雨露のかからない場所で糞尿をかけて一○日ほどおいて蒸し腐らせる。

 さらに家の床下を掘って作硝ムロを作っておき、糞尿をかけておいた草と掘り出した土を交互にこのムロに積み重ね、堆肥のように積んでおく。

 すると、数年後には化学反応を起こして硝酸石灰を含んだ土が採取できるようになる。

 こうして作った塩硝土に水を加えて濾過して煮詰め、硝石を作るのだ。


 硝石丘法は時間が数年単位でかかるため、当面は古土法によって家々の床下から鼠土を集めたり、厩、厠などの土から硝石を作るつもりだ。

 あとは硝石七五、硫黄一○、木炭一五の割合で調合すれば、黒色火薬ができるという寸法である。


 ▽▽▽


「信泰、狩りにいくぞ!」

「は、お供仕る」


 俺は信泰を連れて狩りに出かける。動物性たんぱく質をとって体を強くするためだ。

 信虎()はこの時代には珍しく八〇歳くらいまで生きる予定だが、あれは働き盛りの年齢で息子の晴信(信玄)に追放されて気楽な生活を送ったからではないかと俺は思っている。

 晩年の信虎は京の都見物などをして楽しく過ごしたそうだから、ストレスフリーってのは大事だと思う。

 だけど、俺は追放される気も楽隠居をする気もない。せっかく、この時代に生まれ変わった逆行転生者である俺は、信長や秀吉、そして家康よりも先に天下統一を目指そうと思っているわけだ。そのためには長生きしないとね。


 甲斐武田宗家には敵が多い。まずは叔父の信恵だ。武田宗家の座を狙う野心家なので、戦いたくないけど戦う可能性が高い人物だ。

 それと信濃国との国境に接した巨摩郡の半分以上を支配する反武田勢力の豪族たち。

 駿河の今川家に従属する穴山家、叔父信恵を支援している小山田家も厄介だ。


 国の外を見ると、南には駿河の今川家、その東には伊勢宗瑞(北条早雲)を名乗っている伊勢新九郎が伊豆と相模の一部を抑えている。さらにその伊勢家と敵対している扇谷上杉家、そして扇谷上杉家と敵対している山内上杉家がいる。

 西には信濃守護の小笠原家、同じく信濃の北部には村上家、そして信玄の時代に深い関りをもつことになる諏訪家など沢山の外敵がいる。

 この中で今川家は遠江と三河に勢力を伸ばし、伊勢家は相模から武蔵へ勢力を伸ばしていくだろう。


 今の武田家に足りないものは、米と塩だ。だから、米の面では武蔵を抑えておきたいが、この頃の扇谷上杉家はまだ力がある。

 なんと言っても武蔵は開発すれば一〇〇万石を超える生産量を叩き出すスペックがあるので、開発し放題だ。


 俺の勝手な考えだが、徳川家康が京に近い場所に幕府を開かなかったのは、朝廷と距離を置くためもあるが、この生産力を下地にした幕府を作りたいと思ったからではないだろうか。

 武蔵を中心にした近隣諸国で二〇〇万石。今の俺には涎がだらだらと垂れるほどほしい生産力だ。俺なら信濃よりも武蔵がほしい。

 ただ、武蔵はこれから戦いが激しくなるので、簡単には参戦できないという面倒な土地でもある。まずは甲斐をしっかりと治め、下地を作ろうと思う。


 そして、塩の面では駿河がほしい。別に遠江でもいいが、駿河のほうが甲斐との行き来が楽だ。

 だが、駿河は今川の本拠地なので、簡単にはいかないだろう。武蔵にしろ、駿河にしろ、甲斐を統一してからの話になる。


「若、ウサギですぞ」

「うむ」


 信泰が指さすほうには野ウサギが草を食べていた。

 俺は弓を引き野ウサギに狙いを定めた。四歳のころから弓と剣の稽古はしてきた。弓は小型だが、野ウサギていどなら十分に殺傷能力はある。


 矢が軽やかな音を立てて飛んでいくと、野ウサギに命中した。野ウサギが苦しそうな鳴き声をあげてもがき苦しんでいるのを見ると、俺の良心が痛む。しかし、これも健全な食生活のためなので、野ウサギを食って供養にしよう。


「若の弓の腕はなかなかのものですな」

「信泰、このていどで満足しては、戦場(いくさば)で痛い目にあう。もっと鍛えねばならぬぞ」

「ほう、さすがは若! 若がその気であれば、この信泰の全てをもって若に武士のなんたるかをお教えしましょうぞ!」


 なんだか信泰のスイッチが入ってしまったようだ。

 だが、ここで手を抜いて早死にするよりは、しっかり鍛えておいたほうがいいだろう。もしそれで早死にしてしまっても、努力が足りなかったのだと諦めがつく。


 それからも狩りを続けた俺は、野ウサギ五羽、キジ二羽、イノシシ二頭、シカ一頭を仕留めた。もっとも、イノシシとシカは信泰が仕留めたんだが。


 最近の俺は狩りが日課になっている。

 これは先にも述べたが、俺の体のことを思うのが第一だ。ただし、俺のところには養ってやらなければいけない年頃の少年が二七人もいるので、米の消費を抑えるためにもこういった狩りをして食料を調達しているのだ。


 ただ、狩りをすることで弓が上達するし、馬にも乗っているので騎乗術も上達する。武田と言えば騎馬隊だから、騎乗術の上達は望むところだ。


 この時代では四本足の獣の肉はあまり食われていない。仏教が伝来してこうした文化になったが、仏教が伝わる前は普通に食っていたのだから、面白いものだ。

 そんなわけでイノシシやシカの肉を食べるのは信泰や信方でも嫌がった。だけど、野ウサギの肉は嫌がらない。これはウサギを数える単位が『羽』であることに由来している。簡単に言えば、野ウサギは鳥の仲間という扱いなので食べるのは構わないのだ。俺からしたらウサギは間違いなく四本足だけどな。

 だが、俺が躊躇なくイノシシやシカを食べるので、家臣の信泰と信方、そして子供たちも食べている。特に最近はまったく嫌がらずイノシシのほうが美味しいとかシカのほうが美味しいなどと言う始末だ。


 あとは脂肪を使って石鹸を作りたいので、苛性ソーダの作成をしているところだ。上手くいくといいのだが、そんな簡単ではない。

 苛性ソーダを一度諦めて、今は竹や雑木などの灰で石鹸ができないか試しているところだ。


「信泰、皮はいつものようにな」

「は、河原者へ鞣すように申し伝えます」

「うむ、それでいい」


 河原者というのは、根無し草、乞食など言い方は色々ある。だけど、彼らには彼らの仕事がちゃんとあるのだ。

 河原者は動物の皮を鞣して革にする技術に長けている。だから、イノシシやシカの皮を河原者に鞣してもらっているのだ。

 また、河原者は情報通という側面もある。国境など関係なく国を移動するので、彼らの情報網はバカにできないのだ。

 俺はその情報網を取り込もうと思っているわけだが、簡単に俺の味方になるような者たちではないので、こうして地道な接触を続けているわけだ。


「お、今日はボタン鍋か!」

「あ、若様!」


 少年たちは春から夏にかけて硝石丘法用の植物を集めるのに忙しくしていたが、今は冬にむけてイノシシやシカの肉の燻製作りが盛んだ。

 冬は雪が降るし動物も出てこないので、今のうちに大量の燻製を作っておかなければならない。そうしないと二七人を食わしていけなくなって、餓死させてしまう。少年たちもそれが分かっているので、燻製作りを一生懸命やっている。


「若、どうぞ!」


 一九歳のもすけという少年が俺に具がたくさん入った器を差し出してきた。


「すまぬな、もすけ」

「若様にお仕えしてから腹いっぱい食べられますだ。感謝してますだ」


 悲しいことだが、毎年のように餓死者が出るのがこの時代なのだ。特に、これから迎える冬は餓死の他に凍死まであるからたちが悪い。

 俺に仕えてくれた二七人は、腹いっぱい食べられることで俺に忠誠を誓っている。だから、飢えさせるわけにはいかないのだ。


「それでは、いただくとするか」


 全員に器がいき渡ったのを見た俺は、手を合わせて今日の糧に感謝した。


 塩が手に入りにくいこの時代で、山国の甲斐では特に塩が貴重だ。武田信玄も塩の調達には頭を悩ませていたくらいで、有名な話に今川家との関係が悪化した武田信玄を苦しめるために、今川家は塩の流通をストップさせた。

 しかし、ここで上杉謙信が甲斐国に塩を売ったことが美談になっている。『敵に塩を送る』という言葉はここからきているが、これには裏話がある。

 塩が特に貴重な甲斐では塩が高く売れるのだ。つまり、上杉謙信は塩を言い値で買ってくれる甲斐を食い物にしたのである。

 人間は砂糖がなくてもこまらないが、塩がないのは死活問題になる。だから、武田信玄は散財してでも塩を上杉謙信から買ったのである。

 武田信玄の子孫だからというわけではないが、武田家に興味があって調べたことがあるが、上杉謙信は軍神などと言われているが、人身売買や略奪などかなりえぐいことを平気でやっている人物だ。


 器に口をつけて汁を口に含むと、臭みはあるものの美味しい汁である。さきほども言ったが、塩がとても貴重なのでイノシシの骨で出汁をとって塩を少しだけ入れている。


「若が教えてくれたこの作り方は、臭みがあるけど慣れるととても美味しいですね!」


 最年少のさきちがいい笑顔だ。


「うむ、美味い。皆、たくさん食べるんだぞ」

「「「はい!」」」


 この中では俺が一番年下だが、一番年上的なポジションだ。前世も含めれば信泰よりも年上なので、違和感はあまりないけど。


 

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