024 信虎の嫁とり国盗り
永正八年正月。
年が明けて正月も終わる頃、扇谷上杉から太田資頼が使者としてやってきた。前回の時に合意した内容を上杉朝良の念書にして持ってきたのだ。
前回の時もそうだが、今回の時も米一〇〇俵と銭一〇〇貫文を持たせて帰した。
太田資頼が俺からそれだけのお土産をもらったと他の者が知れば、俺の印象がよくなるし、他の国にも伝わっていくだろう。
そうなれば、武田家に仕えたいという人物が現れるかもしれない。
そういった人物が現れなくても、噂が広がることで農民や浪人が甲斐や駿河は裕福な土地だと思ってやってくるかもしれない。地道な啓蒙活動ってやつだ。
扇谷上杉とは春になったら相模に攻め込もうということになった。
今回は山内上杉の手は借りないらしい。俺に足柄上郡、足柄下郡、淘綾郡を割譲することになるので、山内上杉まで出てきたら扇谷上杉の取り分がなくなってしまうからな。もっとも、俺に三郡を割譲すればの話だけど。
「春になったら相模に討ち入る。伊勢がどれだけ抵抗するか分からぬが、ここに今川が遠江から援軍に駆けつけることも十分に考えられる。準備を怠るなよ」
「「「はっ!」」」
今度の相模攻めで俺は出陣しないつもりだ。
俺が出陣すれば武田家が扇谷上杉よりも下に見られるという懸念があってのことだが、春になると九条家と近衛家の姫が甲斐入りするからだ。
戦国の世なので夫になる俺が戦場にいっていて不在ということもあるだろう。
しかし、俺の妻になる二人を俺のいない甲斐に受け入れるのは可哀そうだ。だから、俺は出陣せずに家臣に相模のことは任せようと思う。
▽▽▽
二月の庭を眺める。今年は雪がよく降ってとても寒いのだが、俺はどてらを着こんでいるので、この時代の他の者よりもよほど温かい。
このどてらはしっかりと綿が詰められていて、とても暖かいのだ。
昨年末には帝にもこのどてらと布団を献上したんだが、叔父信賢を通して感謝の言葉が贈られてきた。お言葉がいただけるなんてありがたいことだ。
「兄上、このように寒いところにおいででしたか」
「次郎か」
次郎の声がしたので振り返ると、その後ろに秋山光任もいた。
次郎が俺の右横で俺に向かって座り、光任はさらにその後ろに控えて座った。
「このようなところで何をしておいでなのですか」
「庭を見ていたのだ。俺のような心卑しい者の心を白く染めてくれないものかな」
「何を仰っておいでですか。兄上は甲斐を豊かにし、駿河も手に入れた英傑です。心卑しいなどとんでもないことです」
俺は次郎の頭を撫でた。次郎はまだ外の世界を知らない。それに戦いを知らない。この無垢な心をいつまでも持っていてほしいと思った。
「光任。次郎はどうか」
「は、文においてはすでに大人顔負けにございます」
文においては、か。まあ、武はからっきしでも文に秀でているだけいいことだ。
これからの武田家は文の者も重きをなしていく。
「次郎。光任の言うことをしっかりと聞き、よき大人になるのだ」
「よき大人ですか……?」
「そうだ。この世の中、戦ばかりで武が重んじられている。しかし、武だけでは民はついてこぬ。文武両道であれば言うことはないが、武に秀でた者、文に秀でた者が、自分の得意な分野で活躍すればいい。そういった家臣を適材適所に配置するのが俺の役目だ」
「はぁ……」
「分からぬか?」
「難しゅうございます」
俺はニコリと微笑み、再び次郎の頭を撫でた。
「いずれ分かるようになる。次郎は次郎のできることを一生懸命すればいいのだ」
「はい、次郎は一生懸命します」
「うむ。気張るのだぞ。光任も頼んだぞ」
「は、誠心誠意お育ていたします」
昼になると幾分か暖かくなったが、それでも底冷えする気温なのは変わりない。
昼餉を食べた後、数人の家臣と火鉢を囲んで車座になる。
甘利宗信、秋山信任、飯富道悦、板垣信方、小畠虎盛。皆の顔が近い。
「それでは相模へ出す兵数は一万。総大将は武田縄信殿、副将に秋山信任殿、軍監に小畠虎盛殿、その他、小山田孫三郎殿、穴山信風殿、油川信守殿、大井信常殿、今井信元殿でよろしいでしょうか」
「うむ、それで構わん」
信方が相模攻めのメンバーを読み上げると、俺は頷いた。
今回のテーマはザ・反乱者の子供たちである。冗談で言っているわけではない。
彼らは領地を大きく減らした家を継いで苦労をしている。そういった人物たちにチャンスを与えるのが、今回の相模攻めだ。
「殿、戦の経験が浅いあの者たちだけでは縄信殿が苦労しましょう。某もついていきましょう」
飯富道悦がどうしても出陣したいので、あれやこれやと理由をつけて出陣しようとする。そんな飯富道悦に皆が苦笑いを向けた。
「道悦には他の任を与える。心配せずともよい」
「むぅ……。殿、その言葉を信じますからな」
「相模の他に伊豆もあるのだ。伊豆攻めでは道悦も出陣させる」
「分かり申した。伊豆の者どもを蹴散らしてやりましょうぞ」
本当に道悦は戦が好きだな。
「その伊豆攻めの軍は甘利宗信殿を総大将に、副将に栗原昌種殿、軍監に青木義虎殿、その他、飯富道悦殿、原友胤殿、工藤虎豊殿、横田高松殿。兵数はこちらも一万になります。なお、この軍は相模攻めが順調に進まなかった場合、相模への援軍になります」
「うむ、それでよい」
俺がそういうと、道悦がにんまりしているのが見えた。相当嬉しいようだ。本当に道悦は戦バカの脳筋だ。
それと十郎兵衛は高松と名を改めている。なんでも大きな松を見ていたら改名しようと思ったらしい。本当かどうかは分からん。
「最後に某、板垣信方を総大将にした、予備軍八〇〇〇が真篠城に詰めます。この予備軍は前線の軍へ補給も担います」
「信方の軍は相模、伊豆の援軍にもなるが、もし今川が動いたなら、信泰と共にこれを防ぐのだ」
「はっ」
信方に軍を与えるのはこれが初めてになる。信方であれば、このていどのことはやってくれると思っているが、何ごとも絶対はない。
それと、駿河の今川は武衛家が攻勢を強めているので、こちらに大軍を派遣する余力はないと思う。だから押さえは信泰だけでも十分だと思う。
「次はかねてより開発を進めておりました、中砲の件でございます」
「やっとできたか」
俺は中砲と聞いて心が躍った。開発を始めて七年、ようやく中砲が完成したのだ。
「は、試射に問題はなく、連続で二〇回発砲しても砲身に歪みもありません」
「うむ、よくやった。それで生産は年間何丁が造れるのだ」
「年間五〇丁前後になると思います」
「ふむ、少ないな。人員を増やして生産量を上げよ」
「承知しました」
鉄砲伝来の三〇年以上前に中砲を完成させたんだ、これがどれほどのアドバンテージになることか。
ただ、戦争の仕方も変わるが、弓矢よりも威力が高いので死者も増える。
いつまで木花之佐久夜毘売命の怒りだと言えるか分からないが、使えるところまで使わせてもらおう。
▽▽▽
春になると叔父縄信が軍を率いて相模に攻め入った。
扇谷上杉も軍を出したが数は三〇〇〇とやる気のなさを出している。
まったく、自分たちが言い出したことなのに、ふざけているのかと言いたい。
どうせ武田に戦わせて自分たちは高見の見物でもしようというつもりなんだろうが、叔父縄信にはゆっくり進軍するように言ってある。
叔父縄信の軍の動きが悪いとなれば、伊勢軍は数の少ない扇谷上杉へ軍を当てるかもしれない。
扇谷上杉を破ってから踵を返して武田に全力を注ぐか、それとも二正面作戦をとるか、伊勢宗瑞はどう出るか。
叔父縄信の裾野武田軍に遅れること半月ほどで、第二陣となる甘利軍が甲斐を発った。
叔父は相模の城をゆっくりと攻略して、足柄下郡をほぼ手中にした。
一方で伊勢家は扇谷上杉軍を鎌倉付近で破ったそうで、今は裾野武田軍と小田原で睨み合っている。
ここにあと一〇日もすれば甘利軍が伊豆へ進軍するので、伊勢宗瑞はどう動くかな。
俺なら伊豆を捨てて船で相模の小田原へ軍を輸送する。そして武田家に和睦の使者を出して相模を残すだろう。
伊豆は山林が多く攻めにくいが、大軍で封鎖されると逃げ場がなくなる。
それに伊豆だと相模と駿河が武田家に塞がれる形になって、勢力を伸ばそうとすると武田家と戦わなければならない。駿河を獲って勢いに乗っている武田家とガチンコ勝負はしたくないはずだ。
伊豆に比べ相模なら、武田家と和睦して落ち目の扇谷上杉家を攻めることができる。
もちろん、勢力を大きく減らした伊勢家では扇谷上杉家を攻めるのも大変だが、扇谷上杉と武田家を比べればどっちが攻めやすいか一目瞭然だ。




