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023 信虎の嫁とり国盗り

 


「でありますから、伊勢めの駆逐をご提案いたします」


 太田資頼の話は端的にいうと、伊勢家はいずれ駿河にも手を出すから今のうちに協力して潰しておこう。というものだ。予想通りすぎて面白みがない。

 だいたい、扇谷上杉家は今年の七月に山内上杉家と協力して伊勢宗瑞を破っている。その時に追撃すればよかったのだ。


「山内上杉家と扇谷上杉家は伊勢と和睦したはずだが、なぜ和睦を破るのか」


 甘利宗信だ。無表情で太田資頼で見ている。


「我らにも都合というものがあるのです」

「なるほど、両上杉は大軍をもって伊勢の権現山城を攻めたが、それで精いっぱいということか」


 甘利宗信が太田資頼を挑発している。

 多分、怒らせて太田資頼の反応を見るつもりなんだろう。


「さにあらず、山内上杉家が兵を引き、追撃ができなかったのです」

「つまり、山内上杉のせいだと言うのか」

「左様でござる」


 甘利宗信ばかり喋っているが、秋山信任はというと太田資頼を見ずに甘利宗信をジッと見ている。

 何か考えがあるのだろうか。それともタイミングを見計らっているのか。


「くくく……。山内がいなければ扇谷は何もできぬか」


 扇谷に上杉つけてないし、相当煽っているな。


「なんと言われるか、そのようなことはござらん!」


 太田資頼がわずかに声を荒げた。


「されど、すでに扇谷だけでは伊勢に対抗できぬのであろう。ゆえに当家に助けを求めてきたわけではないのか」

「助けを求めたのではござらん。共に伊勢を討とうと申し入れているのでござる」

「ものは言いようだな」


 甘利宗信が辛辣(しんらつ)だ。だが、その考えに間違いはない。


「甘利殿、その辺にされよ」

「某は何か言ったかの?」


 秋山信任が甘利宗信を止めた。そろそろ話を先に進めようというのか。

 しかし、甘利宗信のとぼけようはなかなかのものだ。思わず笑いそうになったのを堪えるのが大変だったぞ。


「太田殿、仮に当家が貴家と共に伊勢家を攻めたとしましょう。どこまでやるか、お教え願えるか」

「どこまでとは?」

「相模の一部なのか、相模の全てなのか、伊豆を含めて伊勢を滅ぼすのかということです」


 秋山信任の言うように、仮に共闘するにしてもどこまでやるのかは重要な話だ。それを知らずに何を共闘するのかってことだよ。


「ははは、さすがは駿河を併呑した武田家である。豪気なものですな」


 何が豪気なのか。そもそもそういった条件を無視して共闘なんかできない。


「笑いごとではござらん。やる気がないのであれば、お帰りくだされ」


 おお! 秋山信任のようなイケメンが鋭い視線で啖呵を切ると絵になるな。俺もあんなイケメンに生まれたかったよ。


「さればでござる。我が上杉家は相模を、武田家は伊豆を手に入れるということではいかがか」


 現在、相模の七割から八割くらいが伊勢家の支配エリアで、残りが扇谷上杉家の支配エリアだと思う。正確には分からないが、そのくらいだろう。


「それでは話になりませんな」

「何ゆえでしょうや」


 簡単な話だ。伊豆は伊勢家の本拠地だし、山間部が多いので大軍を展開しにくく攻めにくい。攻めるとなれば多くの犠牲を覚悟しなければならないのは言わなくても分かることだ。

 しかも、伊豆の石高は多くても六万石くらいだが、相模は一五万石くらいある。

 伊豆に金山があるとは誰も知らないので、伊勢家の抵抗の激しさと石高で判断すれば、相模を攻めたほうが楽で実入りがいい。

 ちょっと計算できればそのことに思い当たるはずで、それをしれっと言ってくるということは、俺がそのていどのバカだと思われているということだ。腹が立つじゃないか。


「言わずとも太田殿には分かっておいででしょう。当家と協力したいのであれば、少なくとも伊豆の他に相模の足柄上郡、足柄下郡、大住郡、淘綾郡をいただきたい」


 ははは、秋山信任も言うな。相模には八郡あるが、足柄上郡、足柄下郡、大住郡、淘綾郡の四郡で一〇万石近いはずだ。

 四郡を武田家に割譲するということは、伊勢家がいる現状と変わらないと等しい。

 もちろん、共闘への報酬なので伊勢に奪われたままというよりは幾分かは溜飲が下がるかもしれないが。


「それでは話になりませんな。せめて足柄下郡と淘綾郡ではいかがか」


 秋山信任が提示した四郡の中で最も石高が高いのが大住郡だ。

 大住郡が相模の中でも最も石高が高い郡なので、扇谷上杉家も大住郡を割譲することはないだろう。


「足柄上郡、足柄下郡、淘綾郡」

「……承知いたした」

「それでは、相模から伊勢家を駆逐したならば、足柄上郡、足柄下郡、淘綾郡を割譲すると、扇谷上杉家のご当主であられる上杉朝良様の念書をいただきたい。また、伊豆は当家の勝手ということで構いませんな」

「それでよろしい」

「殿、上杉朝良様の念書をいただいたら、武田家と扇谷上杉家が協力して伊勢家を攻めるということでよろしいでしょうか」


 なるほど、太田資頼が飲めぬ条件を突きつけておいて、一歩引くわけか。駆け引きという奴だな。


「うむ、それでよかろう」


 元々、家臣たちは伊豆の他に足柄上郡か足柄下郡が割譲されるのであれば、話に乗ってもいいということになっていた。

 それが足柄上郡、足柄下郡、淘綾郡の三郡の割譲を認めたのだから、家臣たちも異存はないだろう。

 あぁ、そうか。甘利宗信が最初に否定的な対応をしたのも、このための伏線なのか。

 甘利宗信もなかなかのタヌキぶりじゃないか。そして秋山信任はキツネだな。いいコンビじゃないか。

 太田資頼はまとまった話を持って帰っていった。


「くくく、これで扇谷上杉を攻める口実ができもうそう」

「左様ですな。扇谷上杉家が手に入れた足柄上郡、足柄下郡、淘綾郡を割譲するとは思えません。仮に速やかに割譲されたらそれはそれでよろしかろう。どうせすぐに内紛が起きて介入する理由ができるはずです」


 甘利宗信と秋山信任が悪い顔をしている。他の家臣たちもニタニタして、どこの悪役軍団だよ。


 その翌日だった。風魔小太郎が俺を訪ねてきた。

 体が大きい。最初はクマかと思った。六尺二寸はあると思う。この時代ではありえないほど大きい。それなのに、歩く音がしない。本当に忍者なんだと思った。


「某、風間出羽守(かざまでわのかみ)にございます。武田の御大将には初めて御意を得ます」

「武田甲斐守信虎だ。よくきてくれた。そなたがくるのを待ち望んでいたぞ」

「ありがたきお言葉」


 風魔(ふうま)風間(かざま)からもじられた造語だったはずだ。

 風間は相模の足柄下郡に根ざした豪族で、代々出羽守を僭称している家でもある。

 そして生き残るために、諜報活動や暗殺を生業にする一族になったようだ。

 伊勢宗瑞が相模に侵攻して、この風間一族とも争った。そして風間は伊勢宗瑞に屈した。

 悔しかったのだろう、伊勢によいように使われて屈辱だったんだろうな。だから俺の誘いに乗ったのだろう。


「相模の足柄下郡を得たなら、そなたの本領は回復しよう。その上で働きに見合った家禄を与えると約束しよう」

「は、ありがたきお言葉!」


 声は嬉しそうだが、表情は変わらない。これが風間忍者というものなのだろうか。


「必要であれば、起請文を用意するぞ」

「その必要はございません。我ら風間一族、武田家に仕えると決めた以上は、殿を信用いたします」


 俺のことを調べ上げているようで、俺が働きに見合った褒美を与えると分かっているのだろう。忍者ならではだな。


「潔いことだ。では、さっそく風間にしてもらいたいことがある」

「なんなりと」

「扇谷上杉家の内情を探ってくれ。誰が最も発言力があり、誰が戦巧者か、誰が戦略に長けているか、そういったこと全てが知りたい」

「……承知しました」

「うむ。では、今回の作戦の足しに銭二〇〇貫文を渡しておく、もっと必要であれば言ってこい」

「二〇〇貫文を、ですか」

「不足か?」


 さきほどまでほとんど無表情だった風間出羽守が目を剥いた。


「申しわけございません。二〇〇貫文をいただけるとは思ってもおりませんでしたので」

「先ほども言ったが、風間の働き次第で家禄を与える。今回の任務はその家禄を決めるものだ。風間の力を俺に示せば家禄は上がり、そうでなければ足柄下郡の本領だけかもしれん。どうなるかは風間一族次第だ。気張れよ」

「はっ、殿に風間を雇ってよかったと言わせてみましょう」

「出羽守」

「はっ」

「勘違いをするな」

「………」

「俺は風間を雇ったのではなく、家臣にしたのだ。分かったな」

「……は、ありがたきお言葉。この出羽守、終生そのお言葉をわすれませぬ」


 無表情の塊のような風間出羽守の目に光るものが見えた気がする。

 彼らも主君を得て働き甲斐ができただろうし、俺も情報収集の強化ができた。お互いにウィンウィンの関係だ。


 

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