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021 信虎の嫁とり国盗り

 


 駿河から甲斐に帰ると、すぐに西園寺公藤様と山科言綱様が押しかけてきた。駿河にも公家がいたので気になったのだろう。


「公家の方々は駿河で保護させていただきました。数日のうちにこの甲斐へやってくることでしょう」

「そうであったか。いや、あの者たちが心配でな。左少将殿なら無体なことはせぬと信じていても、戦では何があるかわからぬからの。ほほほほ」


 何が「ほほほほ」だ。絶対に俺のことを信用してなかっただろ。

 まあいい、公家が増えていい暮らしをさせてやれば、俺の評判が上がる。そうすれば、幕府の権威に頼ることなく朝廷の権威によって立つことができるようになる。


「それより、年が明けて春になれば、関白殿と右府殿の姫が下向してくると聞いた。めでたいことよ」


 ばつが悪いのか、話をあからさまに切り替えたぞ。


「左様、両家とも左少将殿のもとに姫を嫁がせるが、まだ幼いゆえ京のことを思い出すこともあろうからよしなにと文がきましたぞ」

「某では京の文化に疎いゆえ、お二人には姫たちが寂しい思いをしないように心を砕いていただければ、この信虎、感謝の言葉もございません」


 二人が頼られて嬉しいのか、うんうんと頷いて鼻の穴を広げた。

 それにしても西園寺公藤様は大分顔色がよくなった。最近は痛風の痛みもないと言っていたな。そして痛みもないから動けるようになって、適度な運動ができて余計に健康になったか。いい傾向だ。


 二人が帰ると、今度は母がやってきた。俺は母に上座を譲ったが、母は上座に座らず俺の前に神妙な面持ちで座る。その横には次郎がちょこんと座った。

 母はジッと俺の顔を見てきた。なんだろうか、俺、なんか悪いことしたか。悪戯をした子供じゃないんだからと思いながら、母の言葉を待つ。


「駿河のこと、誠に祝着です」

「祝着にございます」


 俺に頭を下げてくる母をマネて次郎も頭を下げた。なんだ、普通の挨拶か。身構えてしまったではないか。


「こちらからお伺いしようと思いましたが、つい忙しさにかまけてしまいました。申しわけございません」


 母への挨拶を忘れたのは事実で、あまり威張れたことではない。素直に非を詫びておこう。


「今の信虎殿は武田の当主ですから忙しいのは仕方がありません。しかし、そう思うのであれば、顔をもっと見せてください」

「はい、親不孝をしているのは自覚しています。本当に申しわけなく思っています」


 素直に頭を下げて謝った。


「さて、今日は愚痴を言いにきたのではありません」


 本当に? それなら愚痴はついでかよ。


「忙しい信虎殿にお願いがあるのです」


 絶対根に持っているよな……。


「なんでございましょうか」

「次郎は一一歳になります。そろそろ傅役をつけてあげたいのです」

「あ……。そうですね、うん、傅役ですね。うん、分かっています」


 もうそんな年なのかとちょっと焦った。

 俺は五歳の頃から自立して傅役ではなく家臣ができた。おかげで次郎の傅役のことはまったくと言っていいほどに頭になかった。本当にすまないと思う。


「では、次郎の傅役の件、よろしくお願いしますね」

「はい、近々、傅役を決めます」


 母は満足して帰っていった。次郎はもっと俺と話していたかったような目をしていた。悪い兄貴だ。今後はもっと次郎の顔を見にいってやろう。

 さて、次郎の傅役か。誰がいいんだ?

 次郎は頭がいいと聞いているが、体の線は細い。まだ一一歳なので分からないが、文官タイプなのかもしれない。

 明日にでも次郎と話をして教育の方向性を決めよう。傅役はそれからだ。


虎胤(とらたね)、この後の予定はどうなっている」

「は、この後は望月様との面会がございます」


 この虎胤は原友胤の息子である。今年で一四歳になっているので俺のそばに仕えるようになっている。今は武田二四将のうち、甘利虎泰と原虎胤が俺のそばにいる。

 今後も武田二四将を余すことなく取り立てていきたいが、中には小山田信茂と穴山梅雪もいる。

 穴山梅雪のほうはいいが、小山田信茂のほうはダメだ。あいつは勝頼を唆して新府城を放棄させたくせに、自分の岩殿城を頼った勝頼を裏切った。

 最後まで勝頼に忠義を尽くして討ち死にしていたのであれば、俺も小山田をここまで毛嫌いしなかっただろう。

 分かっているんだ、これは前世の歴史であり、今世ではそうなるかわからない。だけど、幼いころから小山田の裏切りを聞かされて育ってきたので、どうしても小山田を毛嫌いしてしまう。


 望月虎益が音もなく俺の前に座った。やはりそういう動きに長けていると感心する。


「殿には、駿河を得たこと、誠に祝着至極に存じ上げまする」

「うむ、これも望月の働きがあったればこそだ」

「ありがたきお言葉にて、この望月虎益、望外の喜びにございます」


 虎益の表情は変わることがない。表情筋がないのではと思ってしまう。


「では、報告を聞こうか」

「はっ。まず、風間ですが、殿にお仕えするとのことにございます」

「そうか、それは重畳だ」


 風間とは、風魔小太郎に代表される忍者の一族だ。

 文字が違うが、それは俺の認識と今世の風間の違いで、些細なことである。


 目の前に望月虎益がいるのだが、虎益の部下は二〇人ほどで一族をいれても五〇人くらいなので、大規模の諜報活動ができない。それに比べ、風間は相模の足柄下郡に本拠地を持っている忍者軍団でその規模は数百人になる。

 これからもっと情報が必要になるし、今の時期はまだ伊勢についていないはずと思い、風間をこちらに抱き込もうと思ったわけだ。

 上手くいくかは半々だと思っていたし、望月には悪いと思いながらも風間に接触した。


 風間を得たことは大きく、このことで伊勢はこれから得るはずの目と耳を削がれたことになり、俺は目と耳を強化できたことになる。

 戦国の世でも情報は非常に重要なので、これはとても大きなことだと俺は思っている。


「二、三日のうちには風間の頭領がご挨拶に現れるでしょう」

「そうか、分かった。虎益には屈辱だっただろうが、堪えてくれよ」

「いえ、我が配下の数はたかが知れているのは承知しております。お気になさる必要はございません」

「そう言ってくれると、俺も心のつかえがとれるというものだ。すまぬな」


 まったく表情を動かさない。最初に会った時に眉を動かしたのは誘いだったのかもしれないな。なかなかに強かなことよ。


「さて、他の報告も聞こうか」

「はっ、伊勢は武田家に対する対応を決めかねております。当主伊勢宗瑞は武田家との和睦を主張しているようですが、嫡男新九郎は扇谷上杉家と和睦をして武田家を今川と挟み撃ちにすることを主張しています」


 伊勢宗瑞というのは北条早雲のことで、この時期はまだ北条姓を名乗っていない。そして今の新九郎は北条氏綱のことであり、今年で二五歳前後のはずだ。

 そろそろ代替わりにはいい時期だと思うが、当主はまだ伊勢宗瑞である。

 ここで重要なのは新九郎が宗瑞の意見にまっこうから反対していることだろう。実権が新九郎のほうにかなり移っているとみるべきか、宗瑞が次期当主の新九郎を立てているのか、判断に迷うところだな。

 だが、これはいいことだ。宗瑞につく家臣と新九郎につく家臣が割れてくれたら、時間が稼げて俺にはとても都合がいい。


「内部分裂を煽ることはできるか」

「さて……。やってみなければなんともいえませんが、おそらく失敗するかと」


 伊勢の結束は固い。そういうわけか。


「やってくれ。ダメならそれで構わない」

「承知しました」


 上手くいかないということを前提に戦略・戦術を組み立てるが、もし伊勢家が分裂したらそれはそれで攻め時だ。今は伊勢家の動きを静観しよう。


 虎益は音を立てずに部屋を出ていった。

 あの動きをマネしようとしても俺には無理だ。どうしても衣服の音が出るし、床がミシッと鳴るのだ。

 まだ数えで一四歳なので体の大きさは成人の一歩手前なのに、床がもうなるのである。

 ただ、悪いことばかりではない。最近の俺は成長期を迎えているのもあるが、背がグングン伸びている。もうすぐ一五歳になるが、今の背は五尺三寸くらいになっている。このままいけば六尺(一八〇センチ)くらいになるかもしれない。

 この時代で六尺ともなれば大男である。力も期待できるので戦闘で少しは有利だ。幼いころから肉を食っていたおかげかな。


 翌日、俺は次郎と話がしたくて、館の奥へ向かった。

 次郎の元に向かうと、次郎は中庭で木刀を振っていた。しかし、なんとも頼りない腰つきである。


「次郎、やっているな」

「あ、兄上!」


 次郎が俺のほうへ寄ってきた。俺なら決めた回数を振ってからくるけど、次郎はそういうところはない。やっぱりあまり木刀を振るのは好きではないのかもしれないな。


「剣の稽古か」

「はい、母上が毎日振りなさいと言うのです」

「ふふふ、その様子だと次郎は剣の稽古が好きではないようだな」

「………」


 次郎が上目遣いで俺を見てくる。母には言わないでといった感じだな。


「大丈夫だ、母上には何も言わない」

「本当ですか!?」

「ああ、本当だ」

「次郎は本を読むほうが好きなのです。ですが、母上は剣の稽古もしっかりとしなさいと言われます」

「うむ、そうか。次郎は本が好きか」

「はい。大好きです!」


 次郎の教育方針は決まったな。しかし、この年で本が好きとはなかなか珍しい。

 この時代の子の多くは木刀を振ったり、野山を駆け巡って遊んでいるものだ。本が好きというのは貴重な才能なのかもしれないな。


「だが、あまり本ばかり読んでいては体が弱くなる。だから、適度に木刀を振って体を動かすことはいいことだぞ」

「うぅ……」

「そう、難しく考えるな、体を動かすと頭も冴えるのだ。そうすれば好きな本を読んでも内容が頭に入りやすくなるぞ」

「本当ですか!?」

「ああ、本当だ。だが、疲れ果てるまでやると逆効果だから、適度に体を動かすんだぞ」

「はい!」


 次郎は俺の話を信じて再び木刀を振り始めた。うん、剣の才能はないな。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 痛快至極。切れがいいと思う。 [気になる点] 誤字。 何回か書いておられるが「執着」は祝着の間違い。 祝着=祝う 執着=こだわる
[気になる点] 「執着」 この話で結構出てくるが前後の文脈で見るとお祝いの意味がある「祝着」ではないだろうか? 祝着至極などの用法もあるので確認お願いします。
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