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017 駿河乱入

 


 戦いから数日後、落ちついた俺は石和館で書類仕事をしてる。

 叔父信恵や信貞たちのことはまだなんの沙汰もしていない。向こうから俺に会いたいと言うまで放置することにした。


「さて、いくか……」


 徐に立ち上がり自室を出た。小姓たちが俺の後ろについてくる。

 向かうのは評定の間だ。先日の叔父油川信恵・小山田弥太郎討伐に参加した家臣たちに褒美を与えなければいけない。


 評定の間の上座に座る。


「面を上げよ」


 俺がそう言うと全員が頭を上げた。


「信泰」


 俺の合図で信泰が紙を手に取って言う。


「甘利宗信。前へ」

「はっ」


 甘利宗信が俺の前に進み出てきて佇まいを正したのを見た信泰が紙を読み上げる。

 内容は簡単で、今回の戦いの戦功第一と言っているのだ。


「よって、銭三〇〇貫文を贈呈するものなり」


 銭三〇〇貫文は六〇〇石に相当する。尺貫法の誤差によって相違があってはいけないので、この武田家では一石は二・五俵、一俵は四斗に定めている。それから枡の大きさも一定に定めている。


 短期の戦闘なので、戦功第一とは言え三〇〇貫文の褒美はかなり高額になる。領地を与えたわけではないが、この褒美に評定の間はざわついた。


「次、戦功第二は秋山光任。前へ」

「はっ」


 先ほどまで甘利宗信がいた場所に秋山光任が座った。


「戦功第二の秋山光任には、銭二〇〇貫文を贈呈するものなり」


 再びざわついた。だが、今回はそこまで長く続かない。

 信泰は次々に褒美を読み上げていき、何人目かの時に小山田孫三郎が呼ばれ前に出た。


「小山田孫三郎。父弥太郎の罪があるゆえ、知行の三分の二を召し上げる」

「ありがたき幸せ」


 この裁定に賛否があるのは知っている。小山田に近い家の者は厳しいと言うし、そうでない家の者は甘いと言う。

 特に叔父信恵の処罰を保留にしているので、小山田に近い者たちは不満があるかもしれない。


 そんなある日、叔父信恵が俺に会いたいと言ってきた。俺はそれを受けて叔父信恵と対峙した。


「叔父上、やつれましたな」

「私が愚かだったために死なぬでもよい者が多く死んだからな」


 叔父の目を見ると、本当に後悔をしているように思える。


「信貞のことは聞きましたか」

「うむ……信貞にも悪いことをした」


 叔父信恵の息子である信貞は怪我が酷く、右腕を切り落とすことになった。利き腕を失ったことで武将としてはもうダメだろう。

 だが、本人の努力次第でいくらでも仕事はある。


「これからのことだが、叔父上はどうしたい」

「それを私に聞くのか……」

「油川の地は召し上げる。だが、叔父上が望めば俺に仕えることもできるし、家督を譲って隠居することもできる」

「小山田弥太郎は死んだ。潔いことだが私にはできないことだ」

「ならば」

「ありがたい話ではあると思う。だが、私が簡単に赦されては家臣に示しがつかないであろう」


 そうか、俺のことも考えることができたんだな。


「私は父と兄、そして小山田弥太郎の菩提を弔わせてほしい」

「………」

「だが、息子たちのことは頼みたい。特に信貞は、あの子は私が無理矢理つき合わせてしまった。それに腕も失っている。あの子には謝っても謝りきれぬ。申しわけないが、信直殿、いや、信直様に子らのことをお願いしたい」

「分かりました。本人たちが望むのであれば、私が必ずや引き立てましょう」

「感謝いたします」


 叔父信恵は憑き物が落ちたように丸くなった。以前、会った時はもっととげとげとしていたと思う。人は変わるものだと本当に思った。


 油川の一族は俺に従うことに同意した。嫡男信貞は右手を失ったことで、家督を弟の信守に譲り、信守が油川家の家督を継ぐことになった。

 このことで俺は武田家を統一したことになる。だが、まだ甲斐国統一はできていない。油断はできない。


 ▽▽▽


 永正五年一一月。


 寒くなる頃、京から公家たちが下向してきた。

 その中に山科言綱様や西園寺公藤様といった大物もいた。

 山科言綱様は戦国時代の有名公卿である山科言継の父親である。今回の下向でも生まれたばかりの山科言継と思われる幼子を連れてきている。

 西園寺公藤様は先の右大臣で、どうも痛風の気があるようだ。食事療法と温泉に浸かって療養してもらおうと思う。


「武田信直にございます。このような田舎ゆえ、大したおもてなしもできませんが、ごゆっくりと寛いでくださればと思っております」

「麿は西園寺公藤や。厄介になりますよってに」


 ぽちゃり公卿お爺ちゃんが痛風の西園寺公藤と名乗った。その体形だと運動不足とあとは酒も好きそうだよね、まずはそこから改善しようか。などと考えながら頭を下げる。


「麿は山科言綱と申す。左少将殿には厄介になります」


 なんだかキリリとした公家だ。西園寺公藤とは全然違う。

 彼ら公家にはできるだけ不自由をさせないように屋敷を新しく建てて受け入れた。急ピッチの工事だったが、なんとか間に合ってよかった。


「左少将殿、またお会いしましたな」

「勧修寺様にはお変わりもなく、祝着にございます」


 この勧修寺尚顕様も下向してきたのかと思ったが、どうも違うようだ。


「この度はの京の復興にかかる費用の捻出をお上は殊の外お喜びである。よってここに正五位下兵部大輔(ひょうぶたいふ)及び駿河守を贈るものなり」

「は、ありがたき幸せ」


 うむ、狙い通りに官位が上がった。しかも駿河守のおまけつきだ。多分、叔父信賢が駿河守をねじ込んでくれたのだと思う。ありがたいことだ。

 しかし、これで駿河を攻める口実ができた。ただ、情報では今川氏親は中御門宣胤の娘、つまり後の寿桂尼を今年娶っている。これが邪魔になるのは言うまでもないだろう。

 俺が駿河を攻める時は電光石火の侵攻で一気に駿河の地を得ないと、足利将軍家だけでなく、朝廷も介入してくるだろう。

 そうなっては目も当てられないので、しっかりと準備をしなければならない。そして、その前に甲斐統一を成し遂げよう。

 あと、もし駿河を得たなら後柏原天皇の即位の礼のことも考えるべきだろうな。そうすれば、その後の動きに朝廷が介入しにくくなるだろう。足利将軍家が邪魔だな……。


 ▽▽▽


「年を越す前に穴山を攻める。今回は我が手勢だけで出陣する」

「お待ちください。穴山とて備えているはずです。それなのに殿の手勢だけで攻めるのは些か無謀ではないでしょうか」


 俺を諫めてきたのは、細面だが体はがっしりとしているイケメンちょい悪オヤジといった見た目の秋山光任である。


「心配であれば秋山光任もついてまいれ。ただし、手勢は不要だ」


 秋山光任にそう言うと、目を輝かせて口を開いた人物がいる。


「なれば、某も」

「秋山光任だけでよい」


 飯富道悦は、出陣できなくてあからさまに落胆した。


「殿がそのように言われるのであれば、仕方があるまい。秋山殿、殿をしっかりお守りしてくだされ」

「承知した」


 甘利宗信はやれやれといった感じである。


 その翌日、俺は電光石火のごとく、穴山の居城を襲撃した。

 これは今川を攻める時のテストだ。どれだけ敵に気づかれずに軍を動かせるか、身近なところで確認させてもらった。


「ふむ、初めての隠密行軍だったが、ぼちぼちといったところか」

「殿、何を仰っておいでか、これほどの行軍速度はあり得ませんぞ」


 秋山光任が呆れている。


「いや、もっと速くなければならぬ。そうでなくては、敵が守りを固めてしまうではないか。戦うのであれば、敵が準備する前に叩くが上策だぞ、光任」

「そこまでお考えでしたか。これは失礼仕った」

「秋山殿、殿は我ら常人の上をいかれるお方よ」

「うむ、板垣殿の言うとおりだ。殿には感服という言葉しかありませぬ」


 今回の出陣は、秋山光任を補佐に、板垣信泰、板垣信方、小畠虎盛、横田十郎兵衛、青木信種、栗原信友といった俺の直臣だけで構成している。もちろん、望月虎益の乱波部隊も投入している。


 今回動かした軍は常備軍なので、いつでも動ける強みがある。穴山の居城を一瞬にして包囲した五〇〇〇の兵は一気に攻めかけた。

 すると、一刻もせずに穴山は降伏してきた。


 穴山は今川の後ろ盾を得ているが、今回のような電撃作戦は今川の援軍を期待できないし、五〇〇〇の兵で取り囲まれては籠城しても長くはもたない。


「初めて御意を得ます、穴山信風にございます」


 降伏してきたのは当主の穴山信懸ではなく、息子の穴山信風であった。

 この穴山信風は以前より俺に臣従すると書状を送ってきていた人物だが、実は今川にも同じような書状を送っている。

 多分、俺が攻めてきたら俺につき、今川が攻めてきたら今川につく政策なんだろう。弱小勢力ではよくある話だ。


 穴山信風の後ろには縄で縛られた父親の穴山信懸がいる。

 穴山も俺には邪魔なので、川内路の領地は全部召し上げるとして、縄で縛られている穴山信懸の処遇だな……。


「信風、今頃臣従か」

「申しわけございません。父を最後まで説得していましたもので」


 いけしゃあしゃあとよくも言う。


「その様子を見るに、信懸は俺に臣従するのは最後まで拒否したようだな」

「残念ながら……」

「沙汰をする。穴山は武田の支流でありながら、今川と結び甲斐を横領しようとした。よって信懸は隠居、知行は巨摩郡穴山郷以外を召し上げる」


 巨摩郡穴山郷は穴山氏発祥の地と言われている土地だ。その土地以外の全てを召し上げるということは、かなり穴山家の勢力が小さくなることを意味する。

 それでも穴山家が残ったのだから、これからの働き次第で多くの領地を得ることができるだろう。


「承知いたしました」


 穴山信風は肩を落としたが、今回の悔しさを糧にがんばってほしいものだ。


「光任、このまま河内路を下り、今川を追い出すぞ!」

「承知いたしました」


 俺は破竹の勢いで、河内路を南下した。

 逃げ出す者、ささやかな抵抗を見せる者、降伏して俺に臣従する者がいたが、逃げ出す者が一番多かった。

 下手に降伏されても土地を取り上げるので、邪魔になるから要らない。


 あまりにも順調に進んだので、欲を出して駿河に侵攻しようかと思ったが、それはグッと堪えた。

 今はまだ駿河に手を出す時期ではない。俺は逸る心を抑え込んだ。


「信泰」

「ここに」

「真篠城を改修して兵を置き、今川に備える。指揮を任せる」

「承知仕った」


 信泰には毎回こういう役目ばかりだが、笹尾砦を難攻不落の城塞にしたその手腕に期待させてもらう。


 

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