016 駿河乱入
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
永正五年一〇月。
秋を迎えると叔父油川信恵は挙兵した。
だが、叔父信恵に味方する者は小山田弥太郎しかおらず、兵数は大したことない。対して俺は甲斐の国人のほとんどが味方しているので、圧倒的な兵数を擁して叔父信恵を追い詰めた。
「敵は岩殿城へ後退しました」
伝令の言葉を聞いて俺は頷いた。
「小山田孫三郎」
「はっ!」
小山田孫三郎は小山田弥太郎の元を離れて俺のところにきた。
「岩殿城攻めに期待しているぞ」
「は、誠心誠意相努めまする!」
小山田孫三郎は小山田一族の三分の一くらいを率いてきた。そのこともあって小山田弥太郎は兵士数をかなり減らしている。
だが、小山田孫三郎が俺に寝返らなくても俺の常備兵だけでも対処ができる。ただ、ここは国人たちも俺への忠誠の見せどころなので、花を持たせてやらないといけない。
この岩殿城は攻め口が狭く攻めにくい城だ。だから大軍で攻め上がるのは難しい厄介な城でもある。
岩殿城というと半世紀以上後の天正一〇年になるが、武田家滅亡を決定的にした場所でもある。
信虎の孫にあたる武田勝頼が織田・徳川・北条連合軍に攻められた甲州征伐(武田征伐とも言う)で、新府城から逃げ出した勝頼がこの岩殿城へ落ち延びてきた。
しかし、当時の城主である小山田信茂は勝頼を受け入れず、勝頼は天目山で自刃することになった。甲斐国武田宗家がその時滅んだのである。
そこでも小山田家が武田宗家に仇なしたわけで、小山田家はとことん武田家に祟るのだ。だから、小山田家は潰しておきたかったが、孫三郎が俺に味方したことでそれができなくなった。
今後は小山田家は家老衆に加えないし、領地も替えて武田との悪縁を断ち切りたいと思う。
まぁ、武田家が滅んだのは、時勢を読めなかった勝頼が悪いのだから自業自得ということも言えるのだが。
戦いは夜中まで続いたが、決着はつかなかった。やはり攻めにくい城である。
武田常備軍を使えば炸裂雷筒で敵を薙ぎ払うことができるが、それでは国人たちの活躍の場を奪ってしまうので、できない。もどかしいものだ。
翌朝早くから攻撃を再開したが、敵の抵抗は激しい。そこで作戦を変えることにした。
「大軍で攻められないのであれば、攻めなければいいのだ」
「殿、いったい何を仰っておいでで……」
信泰が困惑した顔をした。
「まぁ聞け、信泰。それに皆もな」
俺は出された白湯を口に流し込んで喉を潤して、家臣たちを見た。
「岩殿城は攻めにくい城だ。飯富道悦、それはなぜだ」
「は、……攻め口が狭いからにございます」
俺は二度頷いて、さらに口を開いた。
「そう、攻め口が狭いので大軍が攻めることができない。であれば、細かく攻め立てればよいのだ」
「「「………」」」
皆がそれをしているのに攻めあぐねていると、困惑顔をしている。
俺は地図の上に敵味方を示す石を置き、味方の石を攻め口に並べた。
「秋山光任どう見えるか」
「はっ。……虎ノ門の前が味方で込み合っています」
俺は頷き、その味方の石を一つを残してザっと取り除いた。
「「「………」」」
「攻めるのは少数でこと足りる」
俺がそこまで言うと、甘利宗信が膝を打った。
「なるほど。細かく攻め立てるのですな」
さすがは甘利宗信、切れ者だ。俺は頷いて見せる。
「甘利殿、どういうことだ」
理解を示した甘利宗信に、原友胤が聞いた。
ここで秋山光任も分かったような顔をしたので、やはり脳筋系の飯富道悦と原友胤は気づかないか。その分、戦働きでがんばってくれればいいんだけどね。
「殿、よろしいでしょうか」
「うむ」
甘利宗信が石を手に取って、虎口の前に置いた石を下げて新しい石をおき、また同じことを繰り返した。
「なるほど……」
飯富道悦は石のその動きで理解したようだが、原友胤はまだ理解ができないようだ。
「誰かの隊が一刻、いや、二刻攻めたら次の隊が攻めるのだ。そうして昼夜を問わず攻め立てれば、我らは休めるが、敵は常に攻められている状況になる。さすれば二日、遅くても三日もあれば岩殿城は落ちるであろう」
じれったかったのか、秋山光任が原友胤に丁寧に説明した。それを聞いていた他の武将たちも理解が追いついたようだ。
「しからば、最初はこの原友胤にお任せあれ!」
理解が追いついたらガバッと立ち上がった原友胤が俺にやらせろと、ある意味ガキ大将的な感じで言い放った。
「分かった。原友胤二刻で交代だぞ。それと無理に攻めるな。敵を疲れさせるだけでいいのだ」
「承知!」
原友胤は具足をガチャガチャと鳴らしながら大きな体を揺らして出ていった。
「しからば、次はこの飯富道悦にお任せあれ」
俺は飯富道悦の顔を見て頷いた。それを見て満足したのか、飯富道悦はそれ以上は何も言わなかった。
「宗信、攻める順番を決めて攻めさせるのだ」
「承知しました」
どのタイミングで虎口を破り、揚城戸を破っていくかだ。運もあると思うが、その運を引き当てるのは誰かな。
叔父信恵と小山田弥太郎も正念場だから必死で守るだろう。だが、こちらとしても武田家統一でまごついていられない。
叔父信恵たちには酷な作戦だが、ここは非情になって攻めよう。
翌日の昼には秋山光任が虎口を破った報告があった。
敵はかなり疲弊しているようで、抵抗がかなり緩慢になってきたと同時に報告を受けた。
「甘利宗信様、城内へ進入」
三日で甘利宗信が城内へなだれ込んだ。さすがは甘利宗信だ。他の家臣たちに攻めさせて、漁夫の利を得るタイミングを計っていたんだろう。
好々爺のような顔をしているが、油断のならない爺さんだ。
「よし、攻め時ぞ。飯富道悦」
「はっ」
「甘利宗信の後詰をしろ」
「承知!」
飯富道悦はごつい体に鎧を身に着けているので、威圧感がすごい。
岩殿城は武田家が建てた城で、今は小山田家に与えて管理させている。だから岩殿城の抜け道や攻めることができる道は全部把握している。
そういった道は俺の常備軍で抑えているので、敵は逃げることはできない。城内で戦うか、討ち死にするか、降伏するしかないのだ。
「申し上げます。甘利宗信様が本丸を落としましてございます。また敵総大将油川信恵殿を捕縛」
「ご苦労」
俺の横にいた信泰が伝令を下げると、俺は叔父信恵を捕縛と聞いてホッとしていたのに気づいた。
そして、皆の視線が俺に注がれているのにも気づいた。俺は二つ大きく息を吸って吐いた。
「皆の者、本丸へ向かうぞ」
「「「はっ!」」」
多くの武将を引き連れて岩殿城を登っていく。山城なので本丸までいくのは大変だ。
甘利宗信はもうお爺ちゃんと言っていい年だが、この城を戦いながら駆け上がっていったんだろうな。頭が下がる。
叔父信恵側の足軽たちはそれは酷く憔悴している。昼夜を問わず三日も攻め続けられていれば当然か。
やっと本丸までいくと、そこには甘利宗信と飯富道悦、そして小山田孫三郎が俺たちを待っていた。
小山田孫三郎は甘利宗信の隊に組み込んでいたから、いるのが当然だ。
上座にドカッと座った俺の前で甘利宗信、飯富道悦、小山田孫三郎たち、その左右に武将たちが座った。
「宗信、道悦よくやった」
「「は、ありがたきお言葉」」
「孫三郎もよくやったな」
「は、ありがとう存じます」
骨肉の争いもこれで終わると思ったら、なんだか心が軽くなった気がする。本当によくやってくれたと思う。
「殿、あちらに」
甘利宗信が促したほうを見ると、叔父信恵が縄で縛られていた。かなり疲れているのが分かる顔だ。
俺は叔父信恵に何も語るつもりはない。だから、頷いて家臣たちを見た。
「小山田弥太郎はどうしたのか」
そう、叔父信恵を唆した張本人を忘れてはいけない。
「父、弥太郎は自害いたしましてございます」
小山田孫三郎が頭を下げてそう答えた。
「そうか……なら、信貞は」
「手傷を負っており、ただ今は治療を行っております」
信貞というのは叔父信恵の息子だ。つまり、俺の従兄になる。その従兄の信貞は怪我をして治療中らしい。