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012 甲斐武田宗家継承

 


 今井信是と大井信達が降伏した。

 今井信是は開戦のその日のうちに降伏してきたし、自分の城に戻った大井信達は三日後に降伏した。


「父上、今井信是と大井信達は隠居させます」


 信縄おやじ殿は心底から驚いているようだ。

 まさかここまで早く決着がつくとは思ってもいなかったのだろう。俺もそう思うのだから、信縄おやじ殿はもっと思っているはずだ。

 それに、叔父信恵はもっともっと驚いていることだろう。しかし、これで叔父信恵の戦力を大きく減らしたことになり、信恵側についている勢力に大きなプレッシャーを与えたと思う。

 このまま俺と敵対していいのか、今頃は叔父信恵につく諸将は内心穏やかではないだろう。


「両家とも領地を召し上げて一〇〇貫文で召し抱えます」

「領地を召し上げるのか? 厳しくはないか?」


 これで厳しいなんて言ったら、反乱を起こしても簡単に赦してもらえると国人たちが勘違いすると思う。

 だから反乱には厳しく対処すると前例を作っておくのだ。ここで斬首などの死罪にしないのがみそで、俺の下で手柄を立てれば領地を再び得ることもできるんだということを知らしめる思惑もある。

 もっとも、手柄を立てなければ領地なんて夢のまた夢なんだけど。


「武田宗家への反乱は本来万死に値します。それを生かして一〇〇貫文で召し抱えるのですから、温情に感謝してもらいたいものです」

「うむ、それはそうだが……。分かった。信直の裁定通りにするがよい」

「ありがとうございます」


 この時代は貫高制の雇用形態が多い。もちろん、領地を与える場合も多いが、銭で雇うのも普通だ。

 大体、一貫文で二石くらいなので、今井信是と大井信達はそれぞれ二〇〇石くらいの領地を持っていると同じ扱いだ。


 時代劇などで『三〇俵二人扶持』という言葉を聞くと思うが、これは貫高制の延長線の給料体系だ。

 余談になるが、二人扶持は本人と家来一人の二人分の給料を与えるという意味で、家族を養うという概念はこの給料の中にはない。

 しかも三〇俵は大した金額にならないのに、家臣を一人雇うことを強制している恐ろしい制度なのである。


 さて、話を戻すが、今井信是と大井信達は収入が激減した。つまり、仕えていた家臣を抱えておけなくなったのである。

 当然、家臣たちを大量に放逐しなければならない。そして、それらの家臣の受け皿は俺である。

 俺に仕えてもいいと言う武士を俺が銭で雇うのである。つまり扱いとしては今井信是と大井信達と同じ銭での雇用である。


 牢から出された二人はかなり憔悴しているが、死刑はないというと少しホッとしたように見えた。

 今井信是は炸裂雷筒の音に驚いて暴れだした馬から落ちて右手を骨折している。大井信達のほうは五体満足だが、共に領地を召し上げると聞くと、あからさまに悔しそうな顔をした。


「お前たちは何か勘違いをしているようだ」


 二人が俺に視線を固定した。


「俺はお前たちと戦い、そして勝った。だからお前たちが所領にしていた土地は俺のものだ」


 歯を噛み相当悔しそうだ。


「だが、俺は有能な家臣にはしっかりと報いる。お前たちは隠居させるが、息子の世襲を許す。息子たちが俺の下で手柄を立てれば、今井家、大井家は再び領地を得ることができるだろう」


 二人が顔を見あった。俺の話を信じるのか考えているのだろう。


「無能であれば今の禄も減ることになるが、有能であれば禄は増える。単純なことだ」


 二人の息子たちに発破をかけてしっかりと働かせよう。そして、手柄を挙げれたなら、しっかりとそれに報いるつもりだ。


 さて、今井信是と大井信達にも言ったが、有能な家臣には褒美を与えなければいけない。


「板垣信泰」

「これに」


 今井信是と大井信達は庭先だったが、今は室内にいる。


「この度の働き、あっぱれである。よって三〇〇貫文を加増する」


 三〇〇貫文というのは大体六〇〇石くらいになる。


「ありがたき幸せ!」

「また、笹尾砦を任せる。かの地は諏訪への抑えだ。心してかかれ」

「ははぁぁぁぁ」


 信泰は鼻の穴を開け、嬉しそうに平伏した。

 信泰には今井氏が築いた笹尾砦をもっと強固な要塞に変える改修を命じよう。諏訪にちょっかいを出されても簡単に落ちない要塞だ。


 他に信方、虎盛、十郎兵衛、信種も加増した。


「虎盛」

「はっ」

「虎盛には接収した上野城の城代を命じる」

「は、ありがたき幸せ!」


 虎盛が平伏して感謝を伝えてきた。

 上野城は大井信達居城だったが、ほとんど戦わずに降伏したので、城代を置く必要があるのだ。逆に今井信是の居城は炸裂雷筒によってかなり酷い状態なので廃城にすることにして、信泰に任せた笹尾砦の規模を大きくするための補修工事をしようと思う。


 この場にはもう一人いて、その人物は視線を下げて所在なさげにしている。

 そう、その人物というのは栗原昌種のことだ。栗原昌種は今回の戦いで戦闘に参加することなく終わっている。

 それに対して当然ながら俺は叱責をしなければならない。が……。


「栗原昌種」

「はっ」


 栗原昌種は俺の声に視線を上げて俺を見た。

 非常に気まずい感じの表情だ。


「この度の戦い―――」

「申しわけございませぬ!」


 俺が最後まで喋っていないのに、頭を床にこすりつけて謝ってきた。罰せられると思っていたのだろう。


「栗原昌種、頭を上げろ。俺は何も怒っていない」

「し、しかし、某は戦に参加もせず、日和見を決め込んでおりもうした!」


 驚いたことに栗原昌種は正直に謝ってきた。だけど、栗原昌種が積極的に戦いに参加しないのは最初から分かっていた。

 元々は今井信是と大井信達と同じ側にいたのだから、俺の配下になったからと言って、簡単に戦えるものではない。

 銭で靡いてきた時は軽いやつだと思ったが、むしろそういう義理堅い男だというのが分かっただけでも儲けものだ。


「今も言ったが、俺は怒っていない。だから頭を上げろ」

「………」


 栗原昌種はおずおずと頭を上げた。かなり涙目だ。


「お前が積極的に戦うなんて最初から思っていなかった」

「さ、されど……」

「まぁ聞け」


 俺は手で栗原昌種を制した。


「お前が積極的に戦に参加するよりも、今井・大井両氏との義理に拘ったことに俺は感服したのだ」


 正直言って、積極的に参戦してくれるのが中策、今井・大井に同調して俺を裏切るのが下策、今回のように義理を重んじて戦に参戦しなかったのが上策だ。

 なぜ戦に参戦しなかったのが上策かと言うと、そういう奴を褒めれば俺の株が上がり、そして義理を重んじる者を俺が重用すると思われるからだ。

 だからと言って反乱はダメだけどね。


「栗原昌種よ、これからも義理を重んじる行動をしろ。それが俺への忠義と心得よ」

「なんとお心の広いお方であろうか。この栗原昌種、甲斐守信直様に心底より忠誠をお誓いもうす!」


 栗原昌種は鼻水まで流して泣いている。こういうのを男泣きというのかな?


 ▽▽▽


 永正三年正月。


 年が明けた。俺は数えで九歳になって正月の挨拶を信縄おやじ殿にする。


「今年からは信直も評定に加わるがよい」

「このような若輩者ですが、よろしいのですか」

「自分の力で官位を得て、今井・大井両氏を降した信直を子供だという者がいたら、同じことをしてみろと言ってやればいい」


 信縄おやじ殿は最近少しやつれたように見える。残念なことだが、死期が近いからなのかもしれない。


「信直殿、もそっと顔を見せられないのですか」


 信縄おやじ殿の横には俺の母親である岩下の方がいて、母親特有の優しい声で話しかけてくれる。

 母親はいかにも日本的美人で、ややふっくらした顔をしている。表情もおっとりとしていて、見た目からも優しさが伝わってくる。

 こんな優しそうな女性から暴君と言われた信虎が生まれたのかと思うと、生まれよりも育った環境が性格を育むんだろうなとつくづく思う。


「申しわけありません、色々と忙しく親不孝をしております。お許しください。ですが、評定衆にもなりますし、できるだけ顔を出すようにします」

「そうしてください」


 岩下の方の子は俺の他に次郎という子がいる。俺よりも三歳年下の弟で後の勝沼信友のはずだ。

 次郎はちょこんと母の横に座り、俺を見ている。


「次郎は今年で六歳だな。手習いはしているのか?」

「はい、次郎は信の字を書けます!」


 元気にハキハキと喋る次郎を見ると、賢い子だと思う。

 俺のように前世の記憶があるのではなく、普通の子供の次郎には俺のようにすれた子にだけは育たないでほしい。


「そうか、賢いぞ。その調子でよい武将になるのだぞ」

「はい!」


 来年から再来年にかけては、俺にとって最初の正念場の年になるだろう。

 その時には次郎を戦に駆り出すわけにはいかないが、二〇年後には俺を支えるよい武将になってほしい。


 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 二人扶持は本人と家来一人の二人分の給料を与えるという意味で、三〇俵で自分と家来の二人分を養えということである。 となってますが、三十俵の他に二人扶持(2人分)の支給ですよ。ちなみに、…
[気になる点] 2人扶持は30俵への上乗せではないでしょうか?
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