011 甲斐武田宗家継承
永正二年九月一六日。
祖父信昌が他界した。それによって叔父信恵と小山田弥太郎が挙兵しようとしたが、何人かの家臣が思いとどまらせたようだ。
俺が家督を継ぐまで叔父信恵の挙兵を待っていると、時間を無駄にしてしまう。そこで俺は考えを切り替えた。
「父上、今井信是討伐を某にお命じください」
今井信是を攻めると、おそらく大井信達が出てくるはずだ。共に武田の支流で、叔父信恵が挙兵すると叔父信恵側につく人物たちである。
半ば諦めているが、叔父信恵とは戦わなくてよいのであればそれに越したことはない。だから、少し角度を変えて考えた。
つまり叔父信恵に味方する奴らをこちらに取り込むか、潰せばいいのだ。叔父信恵が動かないうちにそういった勢力を潰していこうと思う。
「しかし、今井を攻めれば大井が出てくるだろう。今は信恵に備えねばならぬため、我が宗家にそこまでの余力はない」
今井信是と大井信達は巨摩郡に勢力を誇り、その兵力はバカにできない。
「兵は某と板垣、そして栗原だけで構いません」
「栗原だと? それは栗原昌種のことか?」
「左様でございます」
「……大丈夫なのか? それに、それでは兵が足りぬではないか」
栗原昌種は叔父信恵側の勢力だったが、俺に寝返った。米を援助してやり、銭を少し贈ったら簡単に靡いてきた。
こういう軽い奴はあまり信用できないが、今回の戦いで俺の力を見せつければ、自分の懐が潤っている間は俺に反抗しようと考えないはずだ。
今井と大井を合わせれば、二五〇〇くらいの兵数になるが、こちらの兵数は一〇〇〇にも満たない。だが、俺には秘密兵器がある。二・五倍くらいの兵力差などひっくり返してやる。
なんてことは言わない。かなり苦しい戦いになると思う。だけど、それでもここで時間を無駄にしたくない。武田統一と甲斐統一、俺はこれを五年でやりとげたいと思っているんだ。
だから、動かなければならない。そうしないと今川が遠江を得てしまうし、遠江を得たら三河を狙う。そうなっては今川が大きくなりすぎるので、厄介極まりない。
それに、尾張では守護職の武衛家が守護代の織田大和守家や織田伊勢守家などと反目して今川と戦うどころではなくなってしまう。
「やれます。だからこそ今井討伐をお命じください」
「……分かった。やってみるがよい」
「ありがとうございます!」
これが俺の武田統一と甲斐統一に向けての一歩だ。必ずや勝利してみせる!
俺は府中に帰ってすぐに兵を集めるように発令した。
今の俺の直属の兵士は三〇〇人。そこに農民らの足軽を加えると四〇〇になる。板垣信泰の兵が二五〇、栗原昌種の兵が三〇〇になる。
たった九五〇の兵で二五〇〇に戦いを挑むのだから、結構無謀だ。
「今井信是を討つ! 出陣だ!」
「おおおぉぉぉっ」
俺は馬に乗り、板垣信方、小畠虎盛、横田十郎兵衛、青木信種を引き連れて巨摩郡逸見筋へ向かった。
板垣信泰と栗原昌種はそれぞれの兵を率いて先行している。
夏が終わり、朝晩の冷え込みが少し厳しくなってきた今日この頃だが、今井信是と大井信達は俺たちを迎え討つべく出張ってきた。
予定通り今井・大井の兵は二五〇〇ほどで、俺たちを半包囲しようと布陣している。
「板垣信方」
「はっ!」
「炸裂雷筒で脅かしても攻めてくるようなら、構わず叩き込んでやれ」
「承知!」
信方には一〇〇人の炸裂雷筒部隊を与えている。炸裂雷筒をスリングで投擲して敵に大ダメージを与える部隊だが、今井・大井の兵は甲斐の民なので、あまり殺したくない。だから、信方には最初は脅すだけでいいと命じている。
「横田十郎兵衛!」
「ここに」
「敵が炸裂雷筒隊の攻撃をすり抜けてきたら、容赦するなよ」
「承知!」
十郎兵衛には一〇〇人の弓隊を与えているので、信方の炸裂雷筒隊の攻撃を抜けてきた兵がいれば容赦するなと指示を出す。
「青木信種!」
「御前に」
「長槍隊で全ての敵を叩き潰せ!」
「承知!」
信種には一〇〇人の長槍隊を任せている。織田信長が考案した長い槍の部隊をパクらせてもらった。
「小畠虎盛!」
「はっ」
「虎盛は俺のそばにいて補佐をせよ」
「ありがたき幸せ」
俺が虎盛をそばに置いたのは、虎盛が常に沈着冷静だからだ。
俺が頭に血が上っても虎盛なら冷静に俺を諫めてくれると思ったから、そばに置いた。戦場では何があるか分からないので、虎盛のような冷静な奴は貴重だ。
信方の炸裂雷筒隊、十郎兵衛の弓隊、信種の長槍隊は俺の常備兵だ。それに対して俺の本隊は府中の民を集めた寄せ集めの足軽隊になる。
名目上は足軽隊が本隊になるが、特殊な戦闘訓練を積んできた先の常備兵に比べれば練度が落ちるのは仕方がない。
将来的には武田騎馬隊を組織して、騎馬弓隊、騎馬鉄砲隊といった感じに進化させたいし、工兵部隊も組織したい。
「若、敵軍が動きました」
「どっちが動いた?」
「左に布陣していますので、大井軍だと思われます」
俺は馬に乗ったまま、戦場をやや高い目線で見ているが、まだ八歳の子供の背では大して遠くが見えるわけではない。
「信方。上手くやってくれよ」
この戦いの趨勢は信方の手腕にかかっていると言っても過言ではない。
足軽たちには木花之佐久夜毘売命の加護を得た俺に従えば、必ずや木花之佐久夜毘売命の恩寵が与えられると言っている。
ある意味、一向一揆のような洗脳状態だ。南無阿弥陀仏と唱え死んでいけば極楽浄土にいけるなんて、本当に信じるんだからこの時代の民は操りやすいんだろうと思って、木花之佐久夜毘売命を使い始めた。
そして、本当に木花之佐久夜毘売命を信じている民は俺の言葉に乗せられているわけだが、そのおかげで俺は銭を得て新兵器を作ることができているのだから、木花之佐久夜毘売命には足を向けて眠れない。
こんな俺だが、ちゃんと木花之佐久夜毘売命に感謝しているし、一宮浅間神社には多くの寄進をしている。だから俺に罰を与えないでほしい。
腹に響く爆発音が聞こえてきたので、信方の炸裂雷筒隊の攻撃が始まったようだ。
あの爆発の音や振動に驚かないように慣らした馬に乗っているので俺たち武田軍はいいが、今井と大井の馬は暴れていることだろう。
上手くいけば、馬が暴れて落馬した重要人物が勝手に死んでくれる。
そして、爆音の後に足軽たちの喧騒が聞こえてきた。
この世界にきて初めての戦闘は、当然のことだが前世も含めて俺にとって初めての戦闘だ。
自分の意志で天下を望み、その第一歩の戦闘、俺は人を殺すことに耐えられるだろうか。
天下を望んだ時から人を殺す覚悟はしていたが、戦闘は初めてだ。殺人の重圧に耐えることができたら、先が少しは見えるかもしれない。
「若、十郎兵衛殿と信種殿が部隊を押し上げています。また、信泰様の部隊が今井の部隊に突撃しております」
「うむ……。栗原昌種の部隊はどうしておるか」
「まだ動きがないようです」
最初から栗原昌種には期待していない。俺に寝返ったとは言え、栗原昌種の心中に複雑なものがあるのだろう。だから俺の強さを見せつけるために連れてきたのだ。
もっとも、ここで負ければ栗原昌種が再び叔父信恵につくことも十分にあり得る。てか、その可能性が高いので、俺は強さを見せつけないといけないのだ。
「若、敵が敗走していきます」
この時代の足軽たちは、炸裂雷筒の爆発が神の怒りとでも思ったようだ。まるで蜘蛛の子を散らすように足軽たちが逃げ出している。
数的に苦戦すると思っていただけに、ここまで簡単に敵が崩壊すると少し拍子抜けする。
「伝令! 隊列を崩さず、悠々と敵を追いかけろと各隊に伝えるのだ」
「はっ!」
ここで焦って隊列を崩してはダメだ。もし罠だったら各個撃破されてしまう。
それに態勢を整えられても大したことはない。こっちの強みを生かした戦いをすれば必ず勝てる。そう信じて追撃はゆっくりとする。
空はいつの間にか赤く焼けて、もうすぐ夜の帳が降りる。
今井家の城は、城と言うより砦だ。夜戦は地の利がある敵に有利だが、俺は砦に立てこもった今井信是を追い詰めるために手を緩めない。
「今井信是! もはや、お前に勝ち目はない。大人しく降伏しろ!」
信泰が降伏勧告をしたら矢が飛んできた。
「ならば、木花之佐久夜毘売命様と武田五郎信直様の名において、今井信是とそれに従う者どもに天誅を加える!」
信泰のその言葉で、信方の炸裂雷筒隊が炸裂雷筒を砦内に投擲していく。
砦内で炸裂雷筒が爆発を起こし、悲鳴があがった。なぜ降伏しないのかと思うが、一矢も報いることなく敗走したのだから、降伏するのも無条件になる。
多分、降伏すれば自分の命はないと今井信是は思ったのだろう。
今井信是の思惑のせいで、死ななくてもいい足軽たちが死んでいく。
炸裂雷筒の爆発が神の怒りだと思った足軽たちは、今井や大井の拠点にはもどらず、自分たちの村に逃げ帰っているほうが多い。だから大した数は残っていない。今井信是なんかと心中する必要なんかないのに……。