010 人材
甲斐にたくさんある、ある山の中。
人里からかなり離れていて普段は誰もいないこの場所で、俺はあるものを手に取っている。
「うむ、見た目は問題ない。試してくれ」
「はっ」
俺が信方に手渡したのは、ダイナマイトモドキだ。布に黒色火薬を詰めて導火線をつけたものになる。導火線は組紐に黒色火薬で練りこんで作った。
重さはそれほどなく、数百グラムほどだ。
「導火線は一〇でいいな」
一〇とはゆっくり数えて一〇で爆発するくらいの長さという意味だ。
「はい、その長さで切っております」
俺は頷き、信方に爆破実験の実行を命じた。
実験はいたって簡単で、導火線に火をつけてそれを投げるというものだ。
だが、いきなり手に持ったダイナマイトの導火線に火をつけるのはあまりにも危険。だから、厚めの木の板で身を守りながら長い木の棒の先に火をつけて、それで導火線に火をつけるという実験をする。
「やってくれ」
俺は少し離れた場所からその実験を眺める。
先に火がついた木の棒が導火線に近づいていき、ついに導火線に火がついた。
導火線は派手に燃え盛り、火は徐々に本体に近づいていく。約一〇秒の後……ダイナマイトが爆ぜてその衝撃が俺のところにまで届いた。
「………」
今まで少量の黒色火薬を使って燃焼実験などをしてきた家臣たちだが、ここまで大きな爆発は初めてのようで、皆が放心していた。
全員がその衝撃と耳をつんざくような爆音に驚き放心するなか、俺はにやりと笑みをこぼしたのである。
「信方、この調子で雨でも使えるものを作れ。数を作るのだ」
「はっ! 承知いたしました!」
俺はダイナマイトを作った職人(元農家の子供)たちを褒めたたえた。
「そなたらは木花之佐久夜毘売命の恩寵を賜っているのだ! そうでなければ、このような轟雷のような現象を起こせぬ! よくやった!」
職人たちは平伏して涙を流している。これまでの苦労が報われたと思っているんだろう。
「これは炸裂雷筒と名付ける。信方、そのように取り計らえ!」
「はっ!」
次はこの炸裂雷筒をより遠くに投げるためのスリングを作ろう。俺がいうスリングは振り回して遠心力で石などを投げる簡単な仕組みの武器だ。
ただ、スリングは簡単な投石の道具だが、それなりに練習しないと上手く使えないので、炸裂雷筒に火をつけたはいいが、投げられないなんてことになったら大惨事だ。
「信方、足軽に投石器の訓練をさせよ」
「投石器ですか?」
「そうだ、この炸裂雷筒を遠くに投げるために投石器を使うのだ」
「おぉ、なるほど。さすがは若でございます!」
「お世辞はいい、一〇〇人ほどの投石部隊を組織するのだ」
「は、承知しました!」
信方に炸裂雷筒と投石部隊のことを任せて、屋敷に帰った。
帰る道中の俺はニヤニヤしていたと思う。
▽▽▽
俺の屋敷に二人の客がきた。昨年の不作が酷く飢饉が発生しそうだったので、米を融通したことで頻繁に俺の屋敷を訪れるようになった人物たちの一部だ。
二人は青木義虎とその息子の青木信種で、この二人のように俺が米を融通した人物が毎日のように礼を言いにやってくる。
「義虎、信種、よくきたな」
二人は俺に深々と頭を下げ、俺が「楽にしてくれ」というと頭を上げた。
「若、本日はお願いがあってまかり越しました」
「ほう、どんなことだ?」
「はっ、我が愚息を若の近習にお取立ていただければと思っております」
息子の信種が再び頭を下げた。
人材はいくらでも必要だから、優秀な人物はほしい。ただ、青木一族は武田の家臣として信用できると思うが優秀かは分からない。
「俺は家柄ではなくその人物の能力で取り立てる。それでいいか?」
「当然でござる。よろしくお願い申し上げまする」
信種が意志のこもった声で答えた。そういうやる気のあるところは好ましく思う。
「分かった。しばらく俺のそばに仕え、その後に仕事を与えよう」
「「ありがたき幸せにございまする」」
思わぬことで人材が手に入った。今後もできる限りの善政(ばら撒き)をしていこうと思えるできごとである。
▽▽▽
今年も秋がやってきた。
そして前当主で祖父の信昌が夏の盛りの頃に病に倒れた。信縄おやじ殿はそこまで深刻だとは思っていないが、そろそろ逝くと思う。
信昌爺さんは信縄おやじ殿や俺の見舞いを断って、叔父の信恵と縄美の二人とは会っている。だけど、その内容は叔父縄美から俺の耳に入ってくる。
あの死にぞこない……じゃなかった、信昌爺さんは叔父信恵を焚きつけているらしい。ここまでくると老害以外の何物でもないな。
「縄美叔父上の話では、能力のない父上を排除しろと爺様は言っているらしい」
「ご隠居様にも困ったものですな……」
俺の話を聞いて信泰が肩をすぼめた。
「しかし、信昌様に唆された信恵様が兵をあげる可能性が大きくなりました。どうしますか?」
生真面目な虎盛が困ったような表情で俺を見てくる。
「挙兵したなら、戦えばいい。それだけだ」
十郎兵衛は短絡的だが、単純で分かりやすい思考だ。
「されど信恵様が兵をあげれば、小山田殿もそれに呼応するでしょう……」
信種は内乱が大きくなるのを危惧しているようだ。
俺は黙して語らない信方を見た。信方は目を閉じて腕を組んでどっしり構えている。その姿になんだか安心する。
「信方、何か意見はあるか?」
「さればでござります。すでに岩手縄美様、栗原昌種殿はこちらに寝返っております。この際ですから不穏分子はここで潰し、若が家督を円滑に継げるように地ならしをしておくのがよかろうと存じ上げます」
「つまり、信恵叔父上と小山田家を潰せということだな」
「御意」
ふむ……。確かに甲斐を統一するにしても後ろが不安では思い切った作戦を立てることができないから信方の考えは分かるし、俺も後顧の憂いは排除したい。
「お待ちください。信恵様は若の叔父上様にございます。その信恵様を討ち取るのでございますか」
たしかに信方の考えはかなり物騒な考え方だ。この考え方だから史実では晴信と共に信虎追放をやってのけたのだろう。
信方は俺の家臣としては信用できるかもしれないが、俺の子供の傅役にだけはしないでおこう。
「討ち取らずともどこかに幽閉し、油川の家は適当な者に継がせればよいと存じます」
信種の質問に虎盛が答えると、信種も幽閉は納得したようだ。
「基本的には二度と反抗の意思を持てないほど、徹底的にやる。そのうえで信恵叔父上を捕らえることができれば、幽閉する。だが、小山田は潰すか領地を替える」
「小山田家は家老衆ですが、よろしいので?」
信泰は念のための確認をしてきたと思う。
「反乱を起こした家老など不要。そういった家内の争いを抑えるのが家老の役割である」
「たしかに若の仰る通りだ。小山田は家老衆から外し、二度と武田宗家に盾突かぬようにしましょうぞ。ははは!」
信泰が極悪な顔で笑うと、他の皆もそれにつられて笑う。
「信方、あれは大丈夫だろうな?」
「準備万端にございます」
「いつでも使えるように準備だけは怠るなよ」
「はっ! お任せください!」
信方には武器の開発を完全に任せている。
ただ、現代知識があっても俺は技術者や職人ではないので、それを現実にするのは職人たちだ。この時代の職人に現代知識にある武器を作れと言っても簡単ではない。だから一つ一つゆっくり作っていくしかない。
だけど、一度試作が完成すれば量産してくのはそれほど難しくないので、職人たちはよくやってくれている。
「虎盛、兵糧のほうは問題ないか?」
「下条殿との陶器の取り引きが順調ですので、兵糧の手配に一切不安はありません」
堺の商人である下条春兼と陶器の取り引きは順調だ。二カ月に一回の頻度で出荷しているし、俺が持ち込んだ時よりも一回の取り引き数は増えている。
おかげで米だけではなく、銭の蓄えも多い。京の叔父信賢と九条家にも銭の援助ができているし、叔父信賢は公家に銭をばら撒いている。
九条家は関白と言っても、唐橋在数殺害事件で権威が失墜している。だから、二条家と近衛家にも接近しているのだ。
これはいずれ俺が足利将軍家を潰した時に朝廷を後ろ盾にするためで、政治的光源氏計画(俺の思う天下を作るための計画)である。




