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Dust Sisters  作者: ろーみぃ
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5話

 遂に少女の牙は生え揃った。それは小さな牙であったが、非常に鋭く、研ぎ澄まされていた。しかしエリザベータにはひとつ、不満事があった。自身の身なりである。


「折角お礼参りなんざカッコつけんだ。流石にこの成りじゃあな……」


 薄汚れてボロボロになったパジャマとズック。華やか等と贅沢は言わないが、せめて清潔でまともな少女らしい衣服で身なりを整えたかった。いくら獰猛で優れた獣であろうとも、身なりが汚らしければ、その印象は悪しきものとなる。同様に彼女もまた、狩る側の立場となった以上、身綺麗な獣でありたいと、そう考えたのだ。


 この町で衣服を入手する手段は限られる。露天で売り出されたどこの馬の骨かも分からない輩の中古品を買うか、出来の悪い仕立て屋に見繕わせるか、他者から奪い取るか、だ。勿論中古品など小さな獣は好むはずがない。他者から奪い取るにしてもこの街で碌な衣料が手に入る保証は少ないだろう。残された選択肢は一つだ。


「仕立て屋、か。こんな芥場にそれ程高尚なもんが見つかるかね」


 スラムといえど、昨今では高貴な身分の者の衣装を繕う店舗も存在する。腐ってもアメリカの片隅にあるこのガーベージでも探せば必ず見つかるはずだ。時は夕刻を少し過ぎ、太陽は地平線にその表情を埋めようとしている。幸いぎりぎり店が閉まる時間ではない。急げばまだ間に合うだろう。少女は面倒くさそうに欠伸をひとつと、頭を掻きながら、死体のように転がる浮浪者や乞食人(ホガイビト)から集まる視線を押し退け、腐臭と気狂い水の悪臭が濃化する地区の奥へと足を進めていった。

 奥へ進めば進むほど激化する文明の崩落。そこら中にゴミの山が高く高く積り、日光との反応で煙が立ち上っている。所謂『スモーキー・マウンテン』というものである。地区中を覆い尽くしていた悪臭の原因は恐らくこの山が一因を担っていたに違いない。エリザベータは、自分の暮らしていた区画が如何にまだしも救われる環境であったかを痛感した。


 一つ、二つと歩を進め、遠ざかっていく山々。踏み潰されたゴミによって皮肉にも舗装された道を行くと、歪んだシャッターが閉まり、かつては何らかの商いが行われていたであろう廃墟がずらりと並ぶ。その中に灯りのついた建物が一つだけ、あった。赤錆まみれで塗装は剥がれ落ち、今にも落っこちそうに風で揺れる大きな看板、ギシギシと、金属の擦れる音を立てて。


 微かに読める『仕立て屋』の文字。遂に見つけた。探せば幾らでも見つかるものである。店の外観から想像するに、碌なものを作りそうには思えないが、今の服よりは何倍もマシな衣装を繕わせることは十分に可能だろう。勿論金など無い。奪うだけだ。シリンダー内の弾薬がきっちりと入っていることを確認すると、今にも腐り落ちそうな扉のハンドルに手をかけた。


「きたねえ店だな。邪魔するぞ」


 ゆっくりと店の扉を開ける。木でできたその扉はミシミシと今にも壊れそうな音を鳴らし、店内の全貌を明らかにする。板張りで出来た床は今にも穴が飽きそうなほど劣化し、部屋の隅々には蜘蛛の巣が張り巡らされている。匂いは埃臭く、カビ臭い。外に比べれば十二分にマシな臭気ではあるが。


 廃墟にも等しいその建築物に少女が入店すると、朽ちた木のしっとりとした足の沈み込む感覚が彼女の不安を煽った。恐らく相当に長らく手入れのされていない様子が伺える。


 扉の上部に取り付けられていたかつては涼しい音色を響かせていたであろう、客入りを知らせる赤錆びた鈴がジャリジャリと不快な音を鳴らすと、店の奥から不健康そうで、如何にも不機嫌そうな面構えの店主がのそのそと顔を覗かせた。扉の前で辺りをきょろきょろと見渡す薄汚れた少女が目に入ると、自分の縄張りを侵された獣が威嚇するかのように怒声を浴びせた。


「何だお前は!うちはお前みたいな薄汚い小娘相手に売るもんは持ってねえ!」


「……うっせえな。そもそもこの便所の裏側みてえな店にゃ布一枚も並んでねえじゃねえか。完全オーダーメイド制か?」


「黙れ!売るもんはねえっつってんだろ!さっさと出ていけ!」


 耳の奥をつんざくような汚い罵声が少女のただでさえ最悪な機嫌をより一層斜めにさせる。もとより話し合いで解決する気など一切無かったが、予想を遥かに超えた店主の鼻に付く態度が彼女の我慢を振り切り、少し驚かしてやろう、という程度に考えていた思考は本気で脅してやろう、という発想へと切り替えられた。エリザベータは右手に持っていた拳銃を見せつけるように前へ突き出すと撃鉄を親指で引き起こし、引き金を引いた。


 パァン!と乾くような軽い銃声の後、銃弾は店主の顔側面を通り過ぎ、背後の壁に着弾した。壁には小さな穴が一つ。そこからは硝煙がゆらゆらと漏れ出していた。


 少女は初めて銃から腕を伝う衝撃と、自分の意外な射撃精度の高さに少し驚きつつ、不機嫌そうにため息を一つつくと、店主を睨み付けた。


「おい干物野郎、ハジキが見えなかったのか?目ン玉腐り落ちてやがんのか。売るもんがねえなら今すぐ作りやがれ。次はぶち抜くぞタコ」


 店主は聞こえるようにチッと大きく舌打ちをすると、何も言わずまたのそのそと店の裏へと入っていった。


「一々鼻に付く野郎だな」


 少女は改めて店内の様子を見回すが、何も無い。服を陳列するための什器も、棚さえも。

かつて衣服が展示されていたであろうショーケースは、埃と垢で表面が濁り内部が見えないほどに汚損している。天井に吊るされた電灯は微かにゆらゆらと、その油ぎった姿を主張している。電気はついておらず、窓から差し込む若干の夕日の光が部屋中を照らすばかりであった。


「野郎、ちゃんと仕事してんだろうな……」


 今は一分一秒でさえ時間が惜しい。そもそも店主は店の裏へと戻ったが、あの態度である。仕事をしている保証は無い。真偽を確かめるべく、エリザベータは自身も店内の裏へと進んだ。非常識など、今は通用しないのだ。


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