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Dust Sisters  作者: ろーみぃ
4/10

3話

青年エイヴェルと連むようになってから二度の冬が過ぎた。路地裏はすっかりエリザベータの縄張りとなり、十六になった少女は、悪い意味でとても逞しく育った。彼女が家に帰らなくなり、便利なロボットを無くした両親は、自ら物を入手しに行くようになった。母は千鳥足で、時折転びながら、クスリを買いに行く。父は、脱皮したての昆虫の様に頼りない足取りで酒を買いに行く。時折よろめいて柱に頭をぶつけているのが滑稽で堪らない。そんな二人を遠くから眺めて嘲笑うのが彼女の日課となっていた。


「俺が居ないとこのザマか。ホント、毎日見てて飽きねえぜ。観察日記でもつけられそうだな」


 青年と二年間交わった彼女は、口は悪くなり、性格はひねくれ、おどおどとして弱々しかった頃とは別人のようになっていた。もしかすると抑圧されていた本来の彼女が正体を現したに過ぎないのかもしれないが。


 奴隷のような生活から開放された彼女はエイヴェルと会うまでの時間、読書や勉強をするようになった。彼が使い古した本や教科書を譲ってもらい、時間を潰していた。手元が暗くなり始めたことに気づき、夕刻が近づくことを悟る。


「お、そろそろ夕方か。あいつんとこに行かねーとな」


 二年の時を経ても空き地の姿は変わらない。勿論二人の関係も。いや、良い方向には変わっただろう。


「うっす、お前にもらった課題、ちゃんとやってきたぜ。ほら、飯くれ」


「はいはい、そう慌てんなって」


 差し出されたパンと水にがっつくエリザベータ。二年前と変わらず、青年はパンを頬張る少女に見惚れている様子だ。


「しっかし、あれから結構な時間も経ったってのに、その食欲は変わんねえよな。目つきと柄はすっげえ悪くなったけど」


「こっちがホントの俺なんだよ。それを引き出してくれたのはエイヴェル、お前だ。ま、二年も経てばイメチェンの一つくらいはするさ」


「急にグレたみたいな目付きになって、自分のこと俺って言い出した時はちょっと驚いたけどな。でも、正直昔の大人しかった時より、今の活き活きしてるリゾーチカのほうが好みだぜ」


「へっ、そりゃどうも。俺も初めて愛称で呼ばれた時はちょいとドキっとしたし、お互い様だ」


 事の転機は青年が少女に惚れたことからであった。異性としての愛情は青年の一方的なものであっ

たが、友人としての愛情は彼女の人生を大きく変えた。これは、運命だったのか。はたまた単なる偶然に偶然が重なった結果なのか。それは、誰にも分からない。


 楽しい時間とは得てして光の如く過ぎ去ってしまうものである。太陽はその役目を終え、代役として月が姿を現す。空は黒く染まり、星々が闇の美しさを引き立てる。


「じゃ、そろそろ暗くなってきたし、俺は帰るわ。リゾーチカも夜道には気をつけろよ。お前は可愛いんだからな」


「よくそんなくっせえ台詞いつも言えるよな。悪い気はしねえけどよ。んじゃ、また明日な」


 軽く手を振り一時の別れを惜しむ二人、青年が一、二歩歩いたところで足を止め、少女の方を向き一言、警告した。


「なあ、リゾーチカ。真面目なお前に限っては無いと思うが、悪党にはなっても、悪事にだけは手を染めないでくれよ。中身までボロボロになったお前は、見たくない」


「急にどうした?俺はお前と居る限り変わんねえよ。あー、でも、クソとクソの間に生まれたクソガキだからな。蛙の子は蛙って言うし、どうだろうな」


「なら安心だな。でも、鳶が鷹を生むって諺もあるんだぜ。お前はきっと鷹だろうよ」


 そう話した後に間髪入れずに待ってくれ、と青年は少女を止める。


「なんだよ。まだ何かあんのか?俺は早く帰って水浴びして寝てえんだけど」


「何度も止めて悪い。実は俺さ、もうすぐ卒業するんだ。そしたら、この腐った町を出ようと思ってる。その時、お前にも、リゾーチカにも一緒に来てほしいんだ」


「何だそれ。愛の告白か?」


「えっと、まあ、そんなところだ」


 らしくない表情で、少しはにかみながら話す青年。照れ隠しと言わんばかりに後頭部を撫でている。


「へへ、エイヴェルと一生一緒か。良いじゃん。こほん、宜しくおねがいします」


「最後の声、可愛かったな」


「うるせえ。ぶん殴るぞ」


 前から少女は自分に好意を持たれていることは知っていた。だが、本気で想いを伝えられたのは今日が初めてで、慣れない経験から捻くれた少女も今回ばかりは少しだけ頬を紅く染めた。


 和やかな雰囲気だった別れ際から一変して少しぎこちない空気が流れた。お互いに背を向け合い別れを告げ、青年は家へ。少女は路地裏へと帰っていった。寝床へ帰った後も、エリザベータは顔が火照って暫く眠ることが出来なかった。


 月が役目を終え、太陽が姿を表す。だが空のご機嫌はよろしくないようで、雲が太陽を閉じ込めてしまい。薄暗い一日がやってきた。天気の悪さに上乗せして、目覚めが悪く少しばかりご機嫌斜めなエリザベータ。目を擦りながら虫を口に運び、昨日貰った水の残りで流し込む。


 今日も今日とて両親の無様な姿を嘲笑い、約束の時間まで読書に耽る。昨日のやり取りを思い出して、いつもより少しだけ会うのが楽しみになる。こういう時は得てして、過ぎる時間が遅く感じるものだ。


 とうとう待ちきれなくなり、いつもよりかなり早めに少女は空き地へ向かった。待つ時間さえも楽しんでやろう、と考えた。


 いつもはエイヴェルが先に待っててくれている空き地。当然だが彼はまだ居ない。せっかちになりすぎた自分を少し恥じながら、そわそわと周りを見渡していると、青年がいるではないか。しかし、いつもと様子が違う。普段ならいつもの積み上げられた木材の上に腰掛けているはずが、今日は空き地の真ん中で、寝転がっていた。


「おいおい、こんなとこで寝るなんて、今日は学校サボりか?」


 青年に近づいていく少女。青年が大きく見えてきたところで、ピタリと、少女は足を止めた。青年の右眼が、無いことに気づいたのだ。急いで近づき、上半身を抱きかかえると、地面にはわずかばかりの血痕が残っていた。弾丸で貫かれたような、傷痕だった。


 あまりの急展開すぎる状況に、エリザベータは動揺を隠せず、激しく嘔吐した。呼吸が乱れて、頭の中が大量の紐のようにこんがらがり、酷く混乱した。


 深呼吸をして、落ち着きを取り戻す。冷静に、状況を把握しようとする。段々と、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく中、背後から話し声が聞こえた。大きな声で、荒々しい男たちの会話だ。


「昨日の酔っぱらいの爺とシャブ漬の婆々、最高の財布だったな」


「ああ、空き地で屯してる小汚い金髪のメスガキと連れのオスガキの話ししてやっただけで大枚はたきやがったぜ。その上、オスガキの方を始末すりゃ、その倍以上もくれるってんだからこれ程美味い話はねえよな。やっぱ、ここら辺の奴らは馬鹿ばっかりで絞り甲斐があるぜ」


 ある程度の距離からでも聞き取れるほどの声量だった。周りが静寂に包まれていたからというのもあるかもしれない。


「酔っぱらいとシャブ漬?……あのクソ袋共……!」


 今まで怒りという感情は何度か経験したことがあったが、今少女が感じているであろう怒りという感情は、かつてのものとは比べ物にならない、凝縮された憎悪そのものであった。そしてそれは現在進行形で肥大化し続けていた。


 皮膚の色が変わるほど強く拳を握りしめ、感情を抑え込もうとする。獲物を仕留める直前の動物のように、静かに、ゆっくりと。


「悪い、エイヴェル。早速お前との約束、守れそうにねえや」


 今、黄金の復讐鬼が動き出した。


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