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Dust Sisters  作者: ろーみぃ
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9話

 閉まり切っていない蛇口から水滴がリズムよく落ちて、子気味良く静寂の五月蠅さをぶつ切りにしてくれる。銃口からほんのりと熱気と焦げついた匂いを纏った煙が顔の前を立ち上っていく。死体の背面に筆を叩きつけたように広がった血液がほんの数秒前に起こった惨劇の結果を指し示している。


「13、いや、14年だったか。まあいいや。育ててくれてありがとよ。ママ」


 自分を迎えてくれた扉へ踵を返し、薬室から抜き出した薬莢を手向けの如く背後へ投げ捨て、少女は最後の挨拶を迎えんとしていた。両親を堕落させてくれたことを、そして何より、最愛の人となったかもしれない人を奪い去ってくれた事への感謝を忘れるほど、恩知らずではないのだ。


 奴らの根城は知っている。いつも母と呼ぶのも憚られる害獣の代わりにクスリを買いに行っていたから。生きることにいくらかの楽しみを見出してからは、もう二度と行くこともないと思っていた場所。空っぽになった薬室に新たな弾薬を詰め込み、明かりもない瓦礫だらけの獣道を辿って、血に飢えたお姫様は向かう。


 不健康な人一人が通れる程度のか細い道を歩き続けて、開けたところにある屋敷。屋敷といってもごくごく一般的な人間が想像するような豪勢なものではなく、この町に立ち並ぶ子供の工作遊びのついでに造られたような家と比較して、適切な人材と建材を用いて建てられたであろう、誰が目にしてもこれは家である、と断言出来る程度の品質のもの。太陽が愚かな人間どもの繰り広げる余興を楽しそうに眺めている時間には、この広場でクスリが馬鹿共の手によって売りさばかれている。多くの人間が来る。馬鹿ばかりだ。


 さすがの馬鹿も犬一匹鳴かぬ深夜には床に就くようで、漏れる光は一筋も無い。今一度回転式弾倉を解放し、弾薬の有無を確かめて気取ったように掌で弾き回転する様を眺める。

シリンダーをフレームに収め、金属のぶつかる音色を静寂に響かせる。荒んだ風景に似合わぬブーツの砂を踏みにじる声がおおよそ家と呼べる巣穴の扉へ近づいていく。

 

 少し間をおいて、自分を生んだ者の顔面にそうしたように扉を何度も蹴りつけて、美しい毒蛾が会いに来てやったぞと、さっさとその薄汚い糞にまみれた面を放り出せと主張する。

 それを黙らせるかのように乱暴な足音が等間隔で強くなり、やがて屈強な腕が力任せに扉を開いた。不機嫌そうな浅黒い若い男は、美しく着飾った流れる光を束ねたような金髪の少女を見下ろして、ため息をついた。


「こんな時間に何考えてやがんだこのクソガキ」


「あの、わたしのこと、覚えてませんか?」


 思い出したくもない蛆虫みたいに弱かった自分を、多少の苛つきを感じながら演じて、同時に懐かしさも覚えながら、信じられないくらいおどおどとした口調と態度で表して見せる。


「ガキの見てくれなんざいちいち覚えてられっかよ。……いや、その虫みてえに弱っちい喋り方は……お前、ラウランのババアんとこのクソガキだな?随分小綺麗ぶりやがって。暫く面見せねえと思ってたら、こんな時にひょっこり出てきやがるとはな。どうした、ママに隠れてお前もキメたくなったのか?」


 面白おかしく、随分と馴れ馴れしく話しかける男をいい加減早くぶち殺してやりたいという欲求が爆発してしまって、身体の後ろに隠してあった銃のハンマーをゆっくりと降ろしてしまう。撃鉄ががちりとロックされ軽い衝撃が親指に伝わって、彼女の殺意もがっちり固まった。


「長い間家を開けていたので、心配かと思い顔を見せに回ってるんです」


 背後に隠していた拳銃が靡く衣裳の前に勢いよく突き出され、撃鉄に雷管を殴りつけられた薬莢が爆発を激しく吐き出し、それに叩きだされた9ミリの弾丸が礼儀知らずな人間の左膝を貫き打ち砕いた。


「世話になったなってなあ!ダボが!」


 がくんと崩れ落ちた男の首を斧の重い追い打ちが襲う。刃が激しく皮を裂き肉を食いちぎり、生命に幕を閉ざした。

 

「おい、如何した!?何やってんだ!?」


「……やっべ」


 慌てておかわりがやってきた。殺したがりの少女は大きくなりゆく足音に慌てて、玄関の真隣に背を押し付け気配を消そうと試みる。どこか物陰に隠れるより、こうした方が案外バレないものなのだと、かつて恩人がくれた漫画に描かれていたから。

  

 新しい玩具が小屋を飛び出して辺りをしきりに見まわしたが、あるのは膝と首の肉が滅茶苦茶になった抜殻と、一発の捨てられた薬莢だけだ。

 

 冷え切った薬莢を広い、不思議そうに眺める間抜けな大男が数秒の時間を提供した。素人でさえ落ち着いて狙いを付けられる程度の。


 乾いた爆発の音が聞こえて、右肩の肉が削れてまもなく、連続で4発の鉛玉に内蔵を激しくシェイクされ少しよろけた後、カモは激しく土とキスを交わした。ほんの十数分で二人人口が減った。


「普通、こんだけ暴れりゃ隠れるだろ。キメてるくせにアタマは決まんねえんだな」


 大きく開いた扉の裏からゆっくりと菫と月色、決め手に空色の美しいコントラストが姿を現す。普通なら気付きそうなものだが、漆黒の夜だったこと、慢心、そして何より無学者故の知恵の浅さが結果を招いたに他ならない。


 生まれて初めて、お邪魔しますと言って、生まれて初めて、他人の敷居を跨いだ。

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