7.とっておきの魔法をお見せします
「実はわたくし、魔法が使えるんです」
「はぁ?」
「実践してみせましょう。この中から好きなカードを選んでください」
「くだらねぇ。何が魔法……」
「あら、怖くなりましたか?」
分かりやすい挑発にレオガルドの眉がぴくりと動き、無言でカードを乱暴に引き抜いた。
「何のカードが確認していただいたら、わたくしに見えないようにこの上に戻してください」
「……」
「では、カードを切っていきます」
数回カードを切り、レオガルドにも好きな回数切ってもらうよう頼むとかなり念入りにカードを切っていくのを笑顔で見守る。
戻ってきたカードの束に一言呟き、ふっと息を吹きかける。そして一番上のカードをめくると、表れたのはダイヤのキング。目を見開く彼の反応で魔法が成功したことを確かめる。
「これがレオガルド様の選んだカードですね」
「な!?」
「信じていただけましたか?」
「ぐ、偶然だ! こんなこと出来るはずがない!!」
「それではもう一度魔法をお見せしましょうか」
その後、幾度か繰り返されるカード当て。結果は全て魔法の勝利。レオガルドは信じられないとばかりにカードを凝視する。
「いい加減信じていただけたでしょうか」
「こんな、こんな馬鹿なことが……っ」
「信じていただけたということで、話を進めますね」
「おい待て、俺はまだ信じた訳じゃねえ!」
「貴方の未来が視えます」
ぴたりとレオガルドの動きが止まる。真意を探るような瞳と視線が交錯し、意味ありげに微笑んでみせた。主導権はシュゼットが掴んだままだ。
「人々が行き交う中、未来の貴方は一人おぼつかない足取りで歩いています。雪が降っているというのに、着ているのは薄手のシャツのみ。向けられる視線は悪意だらけ。陰口も聴こえてきます。躓いた貴方に手を貸そうとする人はいません。寒さに震え、空腹は痛みに変わり、指先の感覚がなくなり、目が霞んでいき、やがて――……」
「ぶ、無礼者が!!」
レオガルドがテーブルに両手を叩きつけた衝撃でトランプが宙を舞う。賑やかだった空気が一瞬で静まり返った。
しまった、やり過ぎた。集まった視線に「お騒がせして申し訳ありません」とシュゼットはやや困り顔の笑みで謝罪する。さり気なく手にカードを持って。
周囲は上手いこと勘違いしてくれたようで、広間には楽しげな喋り声が戻る。唯一セレナだけは顔を青くして彼女達を見ていたが、シュゼットの合図が通じたらしく、おろおろしながらも近寄ってくることはなかった。
シュゼットは息をついてからレオガルドに向き直る。眉を吊り上げ、目をぎらぎらと光らせる少年は全身で警戒と不審感を露わにしていた。
「よくも俺を侮辱するようなデタラメを言いやがって……! 全部父上に言いつけてやる! お前なんか牢獄行きだ!!」
「お好きにどうぞ」
「っ!?」
てっきり慌てるか謝ってくると思っていたレオガルドには目の前の少女の言葉が信じられなかった。崩れない微笑みは僅かな動揺すら見せない。
一体こいつは何なんだ? 今まで感じたことのない得体の知れなさに背筋がぞっとする。
「信じるも信じないも貴方の自由ですが、これだけは言えます。このままだと貴方はわたくしが先ほど伝えた未来を辿るでしょう」
「……っ」
怒鳴り返してやりたいのに、全てを見透かすような瞳に気圧されてレオガルドは押し黙るしかなかった。怒りとは別の、『まさか』という恐怖が込み上げてきそうなのを必死に抑えつける。
それを見越して、シュゼットは救いの手を差し伸べた。獲物が自ら罠に落ちてくるのを待ち構えながら。
「ですが今ならまだ回避する道はあります」
「!」
「――あら、お喋りが過ぎましたわ。申し訳ありませんでした、このようなお話つまらないですわよね」
失礼致しました、と席を立とうとすると慌てた制止の声がかかる。振り向けばレオガルドはなんとも言えない微妙な表情をしていた。
「ゆ、許してやる。続きを話せ」
「いえいえ、レオガルド様には退屈でしたでしょう。これ以上気分を害してしまう前に退散させていただきますわ」
「待て、この俺がいいと言っているんだぞ!」
焦る表情には未知への恐怖がありありと浮かんでいる。シュゼットは令嬢の笑みを目の前の少年に向けた。言外に『もう話す気はない』という含みを持たせて。
そして種を蒔く。最悪な結末を変えるための、大切な希望を。
「もしレオガルド様がわたくしの魔法を信じてくださるのなら、またお会いしましょう」
「そんな必要はない、今ここで話せ!」
「物事には順序というものがあるのですよ。わたくしの方から連絡差し上げますので、その時までどうかお待ちを」
「おいお前……っ!」
「ではごきげんよう、レオガルド様」
制止の声は聞こえないふりをして、今度こそシュゼットは席を立つ。背中に突き刺さる視線を感じながら広間から出て、周りに人気がないことを確認した後にようやく身体の力を抜く。どっと疲れが押し寄せ、思わず大きな溜め息が零れた。
疲れはしたものの、手応えは十分だった。あの様子ならレオガルドは必ず連絡に応じるだろう。
シュゼットが行ったカード当て。勿論、あれは魔法などではなくただの手品だ。少し風変わりな叔父が遊びに来る度、幼いシュゼットによく披露してくれたもの。
まるで魔法みたいな鮮やかさに目を奪われ、せがみにせがんでタネを教えてもらった。密かな練習の結果、子供相手ならまず見破れない程度には身につけた技術がまさかこんな形で役に立とうとは思いもしなかった。
レオガルドがいくら我儘で自己中心的で俺様だったとしても、まだ8歳の子供。自分の常識で計れないことを目の前で起こされればそれなりに心を揺らすことは出来る。
きちんと話を聞く姿勢が相手になければ取引は成立しない。だから取っ掛かりとして手品を利用した。普通の侯爵家ならカード当てなど目にする機会は早々ないだろうと踏んだのだが、思っていた以上に効果てきめんだった。心の中で叔父に手を合わせる。
「シュゼット様!」
「セレナ」
「あのっ、あの、大丈夫でしたか?」
シュゼットを見つけ、一目散に駆け寄ってきたセレナはまだ青い顔をしていた。
心配させてしまったらしい。安心させるようににこりと微笑むと、頬にかかったセレナの髪を直してやる。
「大丈夫よ。でもせっかくの誕生会で騒がしくしてしまってごめんなさい」
「いいんですそんなこと。シュゼット様が嫌な思いをしていたらと、そちらの方が不安で……」
「貴女は本当にいい子ね」
やや空気を悪くしてしまったのは誤算だったが、当初の目的も達成できた。先ほどの様子ではレオガルドもこの場に長居はしないはず。
それに残した言葉の意味を考え、俺様な少年は思い悩むことだろう。その様を想像し、シュゼットの気も少しばかり晴れる。
「ありがとう、セレナ」
「え?」
友達になってくれたことと、レオガルドと出会うきっかけをくれたこと。2つの意味を込めて伝えたお礼にセレナはきょとんと首を傾げるばかりだった。
さあ、種は蒔いたのだ。
芽が出るように水をやる準備をしなくては。
シュゼットは羽根のように軽い足取りでセレナの家を後にした。