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当て馬俺様系を目下矯正中です  作者: 佐倉ユウキ
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4.未来の友人と友達になりました


 翌週から茶髪の青年、もとい少年探しが始まった。

 シュゼット宛に届いていた茶会や誕生会の招待に片っ端から参加することにしたのだ。あわよくば黒髪の少女も、という目論見から家柄は問わず同年代のみに絞って。

 まだ子供同士。軽い顔の見せ合いのようなものだから、そこまで気負うこともないだろう。そんな希望的観測もあった。


 そんな訳で今日もシュゼットは招かれたお茶会に足を運んでいた。お茶もお菓子も美味しいし、中庭を彩る花々もとても美しい。おまけに空も快晴で絶好のお茶会日和。

 けれど目当ての人物はいない。ざっと周りを見渡しても、あの面影をもつ茶髪も黒髪も見当たらなかった。また空振りか。シュゼットはバレないように小さく溜め息をつく。


 そういった場に顔を出し始めてみたものの、今のところそれらしい少年にも少女にも出会えていない。

 すぐに見つかるとは思っていないが、悠長なこともしていられない。ぐずぐずしていれば王太子との婚約が現実味を帯びてしまう。

 ならばせめて情報収集だけでもと周囲に目は向けるが――


「そのブレスレット、素敵ね」

「お父さまがお土産に買ってきてくださったの。とても珍しい宝石らしいわ」

「へえ、すごいのね。実はわたくしの髪飾りもお母さまからいただいたものでね」


「その絵! ヴィンセント様の肖像画?」

「ええ、新しく出たものをこの間買っていただいたの!」

「羨ましいわ……本当に天使みたいな方よね」

「王子様って言葉はあの方のためにあるのだわ……」


 あちらでもこちらでも盛り上がるのは自慢話やら恋の噂やら。こういった内容はどこでも変わりばえしない。何を買ってもらっただのどこの誰が素敵だの、はっきり言ってシュゼットは辟易していた。ヴィンセントの話題が持ち上がる度にゾッとしたくらいだ。

 しかも話しかけてくるのはシュゼットの家柄を意識している者ばかり。ご機嫌を窺われるのにげんなりし、庭の端っこで一人クッキーを頬張っている今に至る。

 こういうときに限って夢でも欲しい情報が得られない。内心で愚痴を吐きつつ、紅茶と共に溜め息を飲み干した。


 ふと、庭の片隅に佇む一人の少女に目が止まった。菫色のドレスを着た、亜麻色の髪の少女。遠目からでも可愛らしい容貌が際立っているのに、何故だか自信なさげに俯いている。

 初対面なのにどこかで見たことがあるような……シュゼットが考えていると、また噂話が耳に入ってくる。あまり好ましいと言えない色合いを滲ませて。


「あそこにいるのが例の子爵家の……」

「まあ、ヒルシャー家ってお金で爵位を買ったっていう?」

「お母さまもあまりお話しないようにっておっしゃっていたわ」

「どうしてこのお茶会にいるのかしら」


 他の茶会でも似たような場面は幾度かあった。その下らなさに眉を顰めそうになったが、下手に目立ちたくなくて行動を起こすことはしなかった。

 けれど何故だろうか、今回は黙っていたくない自分がいる。焼き菓子の皿を手に取り、彼女に近付く。顔を上げた亜麻色の髪の少女にシュゼットはにこりと微笑みかけた。


「よければお一ついかがですか」

「え、あ……」

「申し遅れました。わたくし、シュゼット・アウディガナと申します」


 シュゼットの自己紹介に顔色を変えた少女は、慌ててスカートの裾を摘んで頭を下げた。


「た、大変失礼致しました、セレンディーナ・ヒルシャーと申します」

「セレンディーナ様。可愛らしいお名前ですね」」

「そんな、滅相もありません」

「こちらいかがですか? とても美味しかったですよ」


 セレンディーナはおずおずと焼き菓子に手を伸ばし、小さくかじる。ぱっと輝かせたアメジスト色の瞳はなんとも雄弁だ。


「美味しい……」

「ふふ、ですよね。セレンディーナ様、よろしければあちらで少しおしゃべりしませんか?」

「わ、わたくしでよければ……」

「よかった! では参りましょう」


 中庭に設けられたテーブルの一画に二人で腰を下ろす。話をしていてもセレンディーナはちらちらと周りを気にして、恐縮しきっている。好奇、怪訝、疑念。周囲からは様々な意図を持った視線を注がれている訳だから緊張するなという方が無理な話だ。

 どうしたものかと思っていると、指先がティーカップの持ち手に当たって倒してしまった。半分ほど入っていた紅茶がテーブルに零れる。


「きゃっ」

「シュゼット様! 大丈夫ですか!?」

「申し訳ありません、お恥ずかしいところを……」

「あの、よろしければお使いください」

「ありがとうございます」


 受け取った白いハンカチ。いくつもの花が施されたそれに思わず目を奪われた。粗さはやや見えるものの、美しく柔らかい刺繍。何故だかとても惹かれるものを感じた。


「こちらの刺繍、とても素敵ですね」

「……!」

「美しいのはもちろんのこと、繊細なのに柔らかな雰囲気で……どちらで買われたものなのですか?」

「あ……」

「セレンディーナ様?」

「わ、わたくしが……刺したんです……」


 セレンディーナは顔を真っ赤にしてスカートを握る。シュゼットが驚きで声を失っているわずかな間に、使用人によってテーブルは綺麗に片付き、かつ新たな紅茶が二人分用意される。


「セレンディーナ様がこれを? すごい、刺繍がお上手なんですね」

「いえそんな、ほんの少しお母さまに教えていただいたぐらいで大したものでは……」

「わたくしにはこんな素敵な刺繍、真似できません。きっとセレンディーナ様が努力なさった結果ですわ」

「……っ」


 頬を染めたまま口をぱくぱくと開閉させ、セレンディーナは俯く。視線をしばらく彷徨わせた後、シュゼットを見つめ、初めて口元を緩ませた。


「ありがとうございます、シュゼット様」


『どうか目を覚まして下さい、シュゼット様』



 ――がたん!!



「シュゼット、様……?」

「あ……」


 気付けば立ち上がっていた。静まった空気と周りからの視線を感じ、慌てて椅子に座り直し、佇まいを正す。


「わたし、何か失礼なことを……」

「違うんです。その、あちらの花に虫が止まったように見えて」

「まあ、虫が?」

「ええ。ですが見間違えだったようです。驚かせしまって申し訳ありません」


 周囲にも聞こえるくらいの声量で弁明しながらも、シュゼットの鼓動は収まらなかった。セレンディーナの笑顔が被って、ようやく思い出したのだ。――彼女は。


(未来の、わたしの友人だった)


 18歳のシュゼットの傍らにいた亜麻色の髪と紫水晶色の瞳をもつ令嬢。刺繍が得意でよくハンカチやリボンを贈ってくれた美しい少女。

 どくどくと心臓の音が耳の奥で聞こえる。震えそうな手を膝の上で重ねて握り締めた。


 不用意なことをしてしまった。無意識のうちに親近感を覚えていたのだろうか。未来の自分と関係ある人物に自ら近付くなんて。

 あの夢に出てくるのはヴィンセントらのみではない。見知らぬ大勢、たまに見かける知り合い、よく一緒にいる友人。そういった人達とも現在で会う可能性があることくらい、少し考えれば分かるのに。


 頭の中をぐるぐると後悔と動揺が巡る。どうしよう、距離を取るべきか。でも今さら不自然になってしまう。でも。どうしようどうしよう、どうすれば。



「シュゼット様、大丈夫ですか……?」



 そっと頬に何かを当てられた感触にハッとする。目線を上げれば身を乗り出したセレンディーナが心配そうにシュゼットを見つめていた。別のハンカチで汗を拭ってくれたらしい。


「その、顔色が優れず汗をかかれていたので……余計なことでしたら申し訳ありません」

「……いいえ、ありがとう」

「お水をお持ちしますか?」


 心配げに揺れる瞳に既視感を覚え、そうして思い出す。

 彼女は、セレンディーナは最後の最後まで自分を諌めようとしてくれた友人だった。黒髪の少女に嫌がらせを繰り返していたときだって、痛ましそうにシュゼットを見つめながらも側を離れなかった。最後はそんな彼女すら、未来の自分は切り捨ててしまったけれど。


 でも、そうだ。慕われていた。シュゼットにも心から慕ってくれる友人がいたのだ。


 ふっと身体から力が抜け、少しだけ呼吸が楽になった気がした。同時に思考もクリアになってくる。

 どこに怯える必要があったのだろう。彼女は死神でもなんでもない。むしろ未来の自分にとって味方だったではないか。

 未来は自分の行動で変わる。どんな道を進むかは自分の判断で決まる。それならば今度こそ、間違わない。

 セレンディーナをしっかりと見つめ返し、シュゼットは微笑む。


「ありがとうございます、大丈夫です」

「よかったです。ですが体調が悪ければご無理はなさらないでくださいね」

「セレンディーナ様、今度家に遊びに来ませんか」

「え……?」

「よければ刺繍を教えてください」


 目を丸くした彼女の頬に朱が差す。けれどすぐ、嬉しそうに相好を崩した。


「わたくしで、よろしければ」


 今度こそこの優しい少女と、親友になりたい。なれるように努力をしたい。

 そのために一刻も早く茶髪の少年を見つけなくては。



 セレンディーナとの出会いが未来を変える大きなきっかけとなることを、シュゼットはまだ知らない。


 

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