32.5.いつか花を贈るとしたら
「なんだよこれ」
レオガルドが指差す先にあるのはテーブルの中央を陣取る花瓶。
そこには青いデルフィニウムが生けられていた。
サイドテーブルに飾られていることは度々あってもメインテーブルに置かれることは今までに無かったため、レオガルドも怪訝そうである。
「この間セレナの家にお邪魔したときにもらったの。デルフィニウムっていうのよ、綺麗でしょう」
「見たことねえ」
「確かレオガルドの家の庭園にも咲いていたわよ」
「興味ねえな、花なんて」
だろうなと思った。シュゼットは自身が淹れた紅茶と焼き菓子を差し出す。
レオガルドはクッキーを一枚摘み、眉をひそめる。
「なんだこれ、花?」
「ビオラっていうんだけど食用できるから食べても大丈夫よ」
「花なんて食うもんじゃねえだろ」
生地に練り込んだものでなく敢えてトップにビオラをあしらったクッキー。
最近は生花を使った菓子が王都でも流行り始めているのでそこまで珍しいものではないが、レオガルドにとっては初見だったのか苦い顔をしている。
毒見がてらシュゼットはクッキーを頬張る。さくさくとした軽い歯ごたえに程よい甘さ。ビオラはくせのないあっさりした味で、香りもほとんどしないため食材の邪魔をしない。
横目でそれを追っていたレオガルドも嫌そうにしながらも口に放り込む。幾度かの咀嚼後、やや目を丸くして飲み込んだ。
「どう?」
「……花の味がしねえ」
「食べやすいでしょう。他にも花の砂糖漬けとか紅茶に浮かべたりだとか、食べられる花って結構あるの」
興味なさそうにしながらも2枚目を噛み砕く様子からそれなりに気に入ったのだと分かり、笑みをカップで隠して紅茶をを楽しむ。
「花の中にはリラックス効果があったり、薬になったりするものもあってね。見るだけじゃなくて実用性もあるなんてすごいと思わない?」
「ふん、花なんかあってもなくても変わんないだろ。なくたって困らねえしな」
予想通りとはいえ相変わらず尊大な物言いだ。
こういった言動が見境なく敵を作るのだが、剣術で他を圧倒している現時点ではどんな説教もおそらく響かない。
「そういう考え方もあるかもしれないけど、ある方がわたしは嬉しいわ」
「女って下らないもん好きだよな」
「必要最低限のものだけの生活なんてつまらないもの」
紅茶もお菓子も、刺繍や読書だって無くなって生きていくには必要ないかもしれない。
けれどそれらがあることで気分が華やいだり和んだり、わくわくしたりする。他人にとっては不要に思えたって自分にとっては日々を彩ってくれる大切なものだ。
「レオガルドが集めている硬貨だってそうでしょう?」
「!」
「あると心を満たしてくれるものは誰しもが持ってる。不必要かもしれないけど、不要じゃないと思うわ」
自身の硬貨収集を引き合いに出されたことで僅かにでも刺さる部分があったようだ。むっとした表情ではあるものの、嫌みを返してくることはなかった。
これだけでも3年前と比べれば丸くなったと感じる。 出会ったばかりの頃ならシュゼットの意見など聞く耳すら持たなかっただろう。
今は納得できなくても理解してくれればいい。シュゼットは慈しむようにデルフィニウムの花びらに触れる。
「花には色々な花言葉があるんだけど、知ってるかしら」
「花言葉?」
「その花に込められている思いのことよ。面白いのが色によっても意味が変わってくるの。赤い薔薇なら『愛情』『情熱』、白い薔薇なら『上品』『清純』」
「うげぇ。いちいちそんなこと考えてんのかよ」
想像通りの反応にくすりと笑う。
「このデルフィニウムにも『清明』『楽しみ』っていう花言葉があってね」
「どうでもいい」
「でもそれ以外に『傲慢』『心変わり』とかあんまりいい意味じゃないものもあるわ」
「どうでもいいっつうの」
別に講釈を垂れたい訳ではない。
ただ花言葉という存在を知っておいてほしいだけ。
「女性っていうのはレオガルドでいうところの“どうでもいい”ことを気にする人が多いわ」
「だから、」
「いつかレオガルドが花を贈りたいと思う人が現れたら、怒らせないようにね」
穏やかな口調にはなんの含みもなく、思慮だけが込められていた。
シュゼットの語るレオガルドの未来には彼女は存在しない。
当たり前のようでいて、確定的で。
「……俺の知ったことかよ」
胸が軋んだ気がするのは、きっとただの気のせいだ。




