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当て馬俺様系を目下矯正中です  作者: 佐倉ユウキ
28/35

27.俺様には自尊心を煽るのが有効です



「ねえレオガルド」

「……」

「ねえってば」

「……」

「まだ怒っているの?」

「……」

「手紙でも謝ったじゃない」

「……」


 シュゼットは盛大な溜め息をついた。レオガルドが邸に到着してから一時間。ずっとこんな調子なのだ。何を言っても反応なし。チェス盤を出しても貸していた本の続きを積み重ねてもそっぽを向いたまま微動だにしない。今までにも拗ねた態度は多々見てきたが、ここまで強固なものは初めてである。

 原因は分かっている。先日ロザリナ婦人に招かれてローグウェル家へ赴いたためだ。しかも彼には内緒で。


 警戒心の強いレオガルドは縄張り意識も非常に強く、他者が自身の領域へ侵入することを極端に嫌う。傍若無人で俺様な少年が月に一度、わざわざシュゼットの邸まで足を運ぶのはそのためだ。

 この3年間、シュゼットもそこに触れるようなことはしてこなかった。お茶会だっててっきりレオガルドが知っているとばかり思っていたのだ。ロザリナのフォローを当てにしていたものの、半ば予想していた通り面倒くさい状況になってしまった。


(でも家に来てくれたってことは、まだ余地があるはず)


 本気で怒っていたら約束だってすっぽかしていた筈だ。

 怒るに怒れない、でも腹の虫は収まらない。おそらくそんな状況なのだろう。導火線がくすぶっているうちに手を打たなくては。

 立ち上がり、本棚に向かうと見せかせてレオガルドの背後に回り込む。軽く手を乗せた彼の両肩がびくりと反応したのを確認し、シュゼットは囁く。


「わたしに怒っているのよね」

「……」

「ロザリナ様からの招待だったとはいえ、一言くらい伝えるべきだったわ。配慮に欠けていたと思う。ごめんなさい」

「……」

「でもずっと無視されるのは悲しい。せめてわたしの顔を見て文句を言って」


 小刻みに震え始めた身体は陥落の前触れ。

 もう一押しとばかりに少しだけ顔を寄せ、レオガルドの名前を呼ぶ。


「こっちを見てよ」

「……っ」

「ねえ、」

「いい加減離れろ!!」


 勢いよく立ち上がったレオガルドの頬は茹で蛸のごとく真っ赤だ。俺様のくせに異性に触れられるのは慣れてないのよね、と内心シュゼットはドヤ顔だが、こういった手管を巷では“色仕掛け”と呼ぶことを幼い少女はまだ知らない。


「き、気色悪ぃ! 何考え……っ」

「ごめんなさい」

「っ!」

「どうしたら許してくれる?」


 シュゼットの真っ直ぐな眼差しに口ごもり、観念したようにどかっと腰を下ろした。やや距離が離れた場所に。


「…………もういい」

「え」

「もういいっつってんだよ! 怒ってねえ!」


 投げやりな口調ではあるが、どこかぴりぴりした雰囲気は霧散している。いつもの空気に戻ったことに安堵しつつ、こんなやりとりが出来ていること自体がなんだかおかしくなってしまう。

 ずいぶん丸くなったものだ。レオガルドもシュゼットも。どちらも許してもらえることが前提の行動なのだから。


「ふふ」

「……なに笑ってんだよ」

「ううん。そうだ、今日のお菓子も期待してて。今準備するわね」

「ふん」


 今回は葡萄と木苺のクッキー。どちらの食材も裏の山でシュゼットが取ってきたものだ。見た目も華やかで味もソフィアにお墨付きをもらった自信作。きっとレオガルドも気に入るに違いないと、冷めてしまった紅茶を淹れ直しているとレオガルドに呼ばれて顔を上げる。


「ん?」

「お前、ラ――」


 言いかけて、レオガルドは口を噤む。どこか拗ねたような横顔にシュゼットは首を傾げる。


(まだ虫の居所が悪いのかしら)


 追及は避け、紅茶とクッキーを勧める。

 渋々ながら口に放り込んだレオガルドの瞳が大きく開かれる。咀嚼し、飲み込んで、2つ目に手を伸ばす。ほら、やっぱり気に入った。誇らしい気持ちでシュゼットもクッキーを頬張る。


「美味しいでしょう」

「食べられなくはねえ」

「レオガルドの好きな木苺をたくさん使ったんだもの。絶対に気に入ると思ったわ」


 そう目の前の少女は目を細める。

 少し得意げに、当然のように、レオガルドの名を呼んで、レオガルドへ屈託の無い笑みを向ける。

 この少女がシュゼットだ。


 ロザリナやライガーの口から語られる、見知らぬ令嬢ではない。

 上級貴族のくせに虫に触れて、毎回わざわざ手料理を振る舞ってきて、生意気な口を叩く変なヤツ。それがレオガルドの知るシュゼットだった。


『勿体ないですよ、レオガルド兄様には』


 シュゼットのことをよく知りもしないくせに、何をふざけたことを。ああ、馬鹿馬鹿しい。相手にするだけ時間の無駄だった。

 晴れ晴れとした思いでクッキーを噛み砕き、鬱憤ごと飲み込んだ。



***


 先日のお茶会から、シュゼットとロザリナは手紙を頻繁に交わすようになった。

 正直なところ悩んでもいた。あまり親しくし過ぎると婚約解消する際に大事になってしまうかもしれない。一定の距離を保つのが賢いやり方だということも理解っていた。

 そう考える一方で、文通を続けていたのは惹かれていたからだ。ロザリナの多岐に及ぶ造詣の深さ、丁寧な文章から窺える思慮深く穏やかな彼女の人となりに。安心できたからだ。レオガルド(子供)を想う母の心に。

 そんなやりとりの中で、ふと舞い込んできた相談事。


『困っていることがあるの』


 相談というよりも愚痴に近い内容だったそれは、兼ねてからシュゼットも矯正に乗り出したいと思っていたことだった。



「これでどうだ!」

「じゃあここ」

「ぐ……っ、ここなら……!」

「チェック」


 完全に生きる道が断たれた盤面を見下ろし、レオガルドは歯軋りしながらか細い声で投了を申し出た。

 「次だ、次!」と駒を並べ直す少年の心にさざ波を起こすため、石ころを投げ込む。


「レオガルドって盤面を振り返ったりしないわよね」

「あ?」


 勝者から敗者への言葉として嫌みとも取られかねないが、シュゼットは敢えて淡々と語る。


「今までの勝負だってどこが悪かったとか、どうすれば良かったとか考え直したことないでしょう」

「そんなの勝てば無意味だろうが。振り返るだけ無駄だ」

「確かにそうかもね。でもこの3年間、わたしに勝てたことある?」


 レオガルドがテーブルに拳を突き立てる。ティーカップが揺れ、液体が数滴零れた。

 シュゼットを睨みつける視線には苛立ちと敵意が滲み出す。敢えて挑発したとはいえ、上からの物言いは決していい気分ではない。だが、布石として避けては通れない道なのだ。


「俺を馬鹿にしてんのか」

「違うわ。ただ、その場だけの考えじゃ次に進めないこともあるって言いたいだけ」

「は?」

「例えば今の盤面、中盤でわたしがナイトを動かしたとき、貴方は取りに動いたでしょう」


 分かりやすく説明するためにそのときの盤面に駒を戻す。レオガルドも興味に天秤が傾いたようで、チェス盤を見入る。


「この状況だったら取りに行くだろ。メリットしかねえ」

「でもナイトを取りに動いたことでこっちのマスが空いて、結果的にここから攻め込まれた」

「……!」

「わたしならビショップをここに指すわ。これならナイトを牽制しつつ、数手後にはクイーンが生きてくる」


 駒を動かしながらその後の展開を注釈すれば、さすがにハッとした表情になる。負けた要因に気付いたようで、悔しそうにナイトを睨み据える。


「どう? こういう風にどうして自分が負けたかを分析して理解すれば、次からは同じ手を食わない。これが盤面を振り返るってことよ」

「たまたまだろ。実際には同じ展開になることなんかほとんどないし、あと一歩で勝てそうなときだって何度もあった。こんな面倒なことする意味が分かんねえ」


 負けを振り返らず勝てば万事解決。常にアクセル全開なレオガルドらしい言い分だ。

 だからこそ、付け込む隙もある。


「確かにレオガルドの言い分も一理ある。でも断言してもいいわ。このままならわたしには一生勝てないって」

「はぁ? 喧嘩売ってんなら百倍にして買うぜ」

「証明してあげましょうか」


 駒を初期位置に並べ直して目線で再戦を申し込めば、喧嘩っ早い少年は見事なまでに挑発に乗った。

 再び駒を動かす音だけが部屋を満たす。


 レオガルドには自信があったのだ。確かにシュゼットに勝てたことは一度もないが、為す術もなく一方的にやられている訳ではない。3年間で差が縮まってきているという手応えは感じていたし、今すぐは無理でもいつか必ず勝てると考えていた。


(一生勝てない? 舐めやがって)


 どう証明するかは知らないが、一生だなんて大口叩いたことを後悔させてやる。

 そう意気込んでいた数分後――レオガルドは驚愕していた。


「わたしの勝ちね」

「お前、わざと……っ!」

「証明するって言ったでしょう」


 手も足も出ないほど叩きのめされた上での、圧倒的な敗北。それも()()()()()()()()()()()()()、だ。

 シュゼットの浮かべる微笑は淑やかで実に令嬢らしい。が、レオガルドには彼女の背後にドス黒いモヤが見えた気がした。


「ずるいぞ!」

「何が?」

「お前がナイト取るなっつったんだろ!」


 同じような展開で似通った駒の配置。レオガルドはシュゼットが示したように今度はナイトに手を出さず、ビショップを動かした。

 だというのに思わぬところから反撃を食らい、立て直す手段も整えられないまま敗戦の一途を辿った。話が違うではないか。


「だから別の手を打ったのよ」

「は?」

「レオガルドがビショップを動かしたから、それに対応する駒を動かしたの。当然の策でしょう」

「く……!」


 出かけた反論は飲み込まざるを得なかった。その通りだったからだ。相手の出方で動かす駒は異なる、なんて基本中の基本。

 けれどそれならば、結局シュゼットの言ったことはおかしい。


「やっぱり振り返りなんて意味ねえじゃなえか。あの時こうしてたら、なんていくら考えてもそれを更にひっくり返す手があるんだとしたら考えるだけ無駄だ」

「逆よ。ひっくり返す手がどれだけあるかを考えるために振り返るの」


 本棚から目当ての本を数冊引き抜き、それらをレオガルドの前へ積み上げた。タイトルから中身を察したらしいレオガルドを思いきり眉を顰める。入門書から応用書まで、様々なチェスの専門書。一番上の本とその下の本を開く。


「例えばさっきわたしがレオガルドに教示した手はこのページに載っているわ。こっちにはそれを仕掛けられたときの返し方。こっちの本に更にその返し方が。戦術の数だけそれに対応する戦術も生まれるの。それにレオガルドが言った通り、百回指せば百通りの盤面になる。駒の配置が本と全く同じになることなんて早々ないわ」

「はっ、イタチごっこかよ。こんなのよく読めるな」


 レオガルドの嘲笑が向かう先は、山積みにされた専門書。心底無駄だと思っているのだろう。開こうとする動きすら見せない。

 ()()がロザリナの相談事であり、シュゼットが矯正したいポイントでもある。



 一般的に貴族の子息や令嬢は16歳で王立学院に入学する。しかし学院は集団生活といった社会性を養う場としての意味合いが大きく、基本的な教養は備わっているという前提でスタートする。

 そのため入学前までは家庭教師から基礎となる勉学を学ぶ。もちろんシュゼットにも家庭教師はつけられているし、レオガルドも例外ではない。

 しかし、レオガルドは鍛錬や馬術など身体を動かすことを好み、逆にじっとしたり頭を使うことが苦手だった。最たるものである勉学。それを教える家庭教師。その2つを前にして、彼はどうするか。答えは明快である。


 サボった。これに尽きる。


 家庭教師の到着前に姿をくらまし、見つからないようやり過ごす。たまに見つかることもあっても、剣を鼻先に押しつけて『俺に勝てたら戻ってやるよ』と脅して追い返した。

 何人もの家庭教師が辞めていくのにロザリナは頭を抱えるしかなかった。ルイズはいつもの通り放任。このままでは基礎がおろそかになってしまうと、便箋には悲痛なる思いがしたためられていた。


 いくら学院が社交性を学ぶ場とはいえ、授業もテストもある。テストで基準点が取れなければ落第だってあり得る、と兄から聞いていた。

 落第なんて恥もいいところだ。そういった噂話は回るのも早ければ撤回するのも難しい。社交界に出ても騎士としても生涯まとわりつく汚点になるだろう。シュゼットとしても、今のうちにどうにかしておきたい矯正点である。


 けれど自尊心だけは馬鹿みたいに高いレオガルドに勉学を促したところで、余計に突っぱねるだけ。

 ならばシュゼットの打つ手は一つ。



「知識が多い分には困らないもの。レオガルドも読んでみない?」

「誰がンなもん読むかよ」

「あらそう。じゃあやっぱり一生わたしの勝ちね」


 ぴくりとレオガルドの眉が寄ったのを見逃さず、畳みかける。


「ああ、気を悪くしないで。わたしは此処にある書物を全て読んで、あらゆる戦術を記憶してるの。だからレオガルドが勝てなくても仕方ないのよ」

「俺が負ける前提で話すんじゃねえ!! そんなのやってみなくちゃ分かんねえだろ!」

「ついさっき力量の差は証明したつもりだけど」

「あ、あれは俺も気を抜いただけだ!」


 シュゼットはにっこりと微笑み、キングの駒に人差し指を置いた。

 そして弾いて倒して見せる。


「安心して、誰にも言わないわ。仮にも将来一国を背負う騎士が女の子に一度も勝てないだなんて知られたくないものね」

「っっ、お前……!」

「剣さえ強ければいいじゃない。まあ、ルイズ様はチェスもお強いみたいだけど」

「~~!!」

「読む気にならないんじゃ仕方ないものね。すぐに片付けるわ。ちょっと待って、」


 ――ガチャン!!


 衝撃でティーカップが倒れ、ソーサーとテーブルに水溜まりを作る。

 あらかじめ予測していた光景だったので、素早く布巾で紅茶を塞き止め、本が濡れるのは阻止した。


「コケにしやがって……見てろよこんな本、すぐに読み切ってボコボコにしてやるからな!!」


 沸々と煮えたぎる怒りを全身から放出しながら、レオガルドは初心者向けの入門書を乱暴な手付きで読み始めた。


 なんてチョロい。

 あまりにチョロさに逆に心配になってしまうシュゼットであった。



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