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当て馬俺様系を目下矯正中です  作者: 佐倉ユウキ
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24/35

24.やや捻くれてる義弟くらい可愛いもんです


 しばらく歓談を楽しんだ後、ロザリナが邸内を案内してくれる運びとなった。

 初めは申し訳ないと断ったシュゼットだったが、是非にという婦人の強い申し出と好奇心も相まって結局は甘えることにした。


「此処が蔵書室」

「すごい数ですね……」

「夫も私も読書が好きでね、元々あった物に加えて色々集めているうちにいつの間にか増えてしまって」


 本で埋め尽くされた、天井まで届く高い本棚。それが壁に沿って隙間なく備え付けられている。すでに絶版になった本や稀少本もそこかしこに見受けられ、読書家には垂涎ものの充実ぶりだ。


(こんなに立派な蔵書室があるのに、何故未だにうちから借りていくのかしら)


 帰り際にわくわくした目で本を選んでいるレオガルドが浮かぶ。まさか存在を知らない……なんてことはないだろうが。

 まあ、なにせ自尊心の塊な坊ちゃんのことだ。おそらく本を読む自分を家族に知られたくないとかそんなところだろうと結論付ける。



 美しい薔薇が咲き誇る中庭を回り、迎賓室の絵画を眺めて。気付けば邸の奥の方まで歩を進めたことを窓からの景色で知る。目をやった先に大きな離れを見つけ、何気なく尋ねてみると。


「ああ、あれは鍛錬場よ」

「鍛錬場?」

「剣や弓、銃の訓練が出来るようになっているの」


 一般的な貴族の邸宅ではまず見受けられない。そんな設備が邸内にあるとは、さすがは武の名門と謳われるローグウェル家。

 中はどのようになっているのだろう。どんな訓練をしているのだろう。興味をそそられて視線を送っていると、ロザリナが「そうだわ」と零す。


「今の時間ならあの子が鍛錬場にいるかもしれない」

「どなたですか?」

「レオの弟よ。確か会ったことはなかったわよね?」

「はい」

「それじゃあ丁度いいわ。紹介するわね」


 離れへと向かって歩き出した婦人の後ろを歩きながら、レオガルドの弟についての記憶を引っ張り出す。


 彼は3人兄弟の長男で下に弟が2人いる。1つ下のライガー。3つ下のリベルタ。そのどちらともシュゼットは面識がない。婚約の挨拶の際、彼らは不在でその後も顔を合わせる機会は無かった。

 正確に言えば、ライガーは夢で視ている。あの悪夢には時折彼も現れた。しかし遠巻きに軽蔑の眼差しを送るばかりで関わってくることは一切なく、徹底してレオガルドとは距離を取っていた。そのため知っているのは見た目くらいで、有益な情報は持ち合わせていない。

 レオガルドの弟――どんな少年なのだろう。仮にライガーだとしたら、夢の印象だけで言えば真っ当な感性と社会性を持っていそうではあるが。


(……絶対にないと思うけど、レオガルド2号とか出てこないでしょうね……?)


 恐ろしい想像を打ち消しているうちに離れに到着する。中は大きく3つに分けられており、それぞれ剣・弓・銃の訓練部屋となっているようだ。ロザリナはそのうちの、弓の部屋へと続く扉を開いた。


 弓を射る場に立つ、一人の少年。少年の引いた矢は一瞬で風を切り、まるで糸で引かれたかのように遠く離れた的の真ん中へと突き刺さる。

 振り返った少年はロザリナとよく似た容貌をしていた。異なるのはグレーブラウンの髪色くらいで、少女と言われても納得してしまいそうなほどだ。幼さを孕む故か、どこか儚げで妖しい雰囲気を秘めていた。訓練用なのであろう、飾り気のない簡素な出で立ちすら彼の魅力を損なわせることはない。


「母様」

「訓練中にごめんなさいね。紹介したい人がいるの」

「お初にお目にかかります。シュゼット・アウディガナと申します」


 一歩前へ出て、スカートの裾を摘まみ挨拶をする。

 相手の反応を窺っていると、口元に笑みを貼り付けた少年は礼儀良く頭を下げた。


「初めまして、ライガー・ローグウェルと申します。お目にかかれて光栄です。このような格好で申し訳ありません」


 丁寧な挨拶と柔らかな物腰にレオガルド2号の可能性は消え、人知れずシュゼットは胸を撫で下ろす。


「ライガー様は弓がお得意なのですね。あんな遠くの的に当ててしまうなんてすごいです」

「ありがとうございます。でも訓練すれば誰でも出来るようになりますよ。試しにやってみますか?」

「えっ」

「ライガー! ご令嬢に向かってなにを言っているのですか」

「冗談ですよ、母様」


 目を細めるライガーは意外にも茶目っけがあるようだ。見た目とのギャップが逆に親近感を沸かせて、将来はさぞやモテるんだろうなあと一人頷く。


「母様、それでこの方はどういう……」

「シュゼットさんはレオガルドの婚約者なの。今日は私がお茶に呼んだのよ」

「――へえ、兄様の」


 一瞬、空気が変わる。シュゼットが疑問を抱くよりも前にライガーは笑いかけた。わざとらしいほど、にっこりと。


「兄がいつもお世話になっています」

「いえ、こちらこそ」

「あの兄にこんなに長く付き合って頂けているなんて、よほど寛容なお心をお持ちなのですね」

「ライガー」


 明らかな含みを持った発言をロザリナは咎める。

 それを横目で流し、ライガーは的に向き直り弓を構えた。放たれた矢はまたも真ん中に吸い込まれる。


「申し訳ありません、実は明日弓の試験がありまして」

「そうだったのですね。お忙しいときに申し訳ありません。お時間を取って頂いて有り難うございました」

「……行きましょうかシュゼットさん」


 部屋を出る際にちらりと振り返るも、ライガーはシュゼットらを見送る素振りすらなく弓を引いていた。その立ち姿からは拒絶の色がありありと浮かぶ。


「ごめんなさいね。あの子ったらあんな態度で……いつもはもう少し礼儀を弁えている子なんだけど」

「いいえ。私の方こそ鍛錬の邪魔をしてしまったので」


  初対面の客人――しかも兄の婚約者である侯爵令嬢に対し、挨拶もそこそこに話を打ち切り見送りすらしない。本来なら失礼に当たる行為だ。しかしロザリナはそれを諫めず、諦めたようにその場を離れた。つまり日常的に生じている言動なのだろう。

 レオガルドの名前が出た途端、明らかにライガーの雰囲気と態度が変わった。あの悪夢とまではいかないまでも、兄弟仲はあまり宜しくないらしい。


 そういえば以前に一度だけ、レオガルドと弟妹の話になったことがあった。サニアという可愛い妹がいると自慢した後、レオガルドはどうかと話を振った。けれど、彼の反応は極めて淡泊なものだった。


『弟が2人いる。けど俺より弱いヤツには興味ねえ』


 心底どうでもよさそうな返答に話を広げることを諦めたのを思い出す。男兄弟がそういうものなのか、はたまたレオガルド達が特殊なのか、シュゼットには分からない。

 首を傾げながら本館に戻ってくると同時に、執事が婦人を呼びにきた。どうやら急用が入ったらしい。それならばとお暇を申し出ようとするが――


「シュゼットさんさえ良ければもう少しゆっくりしていって下さらないかしら」

「ですが……」

「用もそこまで掛からなそうだし、今日案内したところならどこでも自由に見て回ってもらって構わないから。紅茶をもう一杯、貴女と飲みたいわ」


 そこまで請われてしまったら頷くしかない。こうして、シュゼットは思いがけずローグウェル家での自由時間を得た。

 随分と気に入ってもらえたのだなあと思いつつ、向かった先は蔵書室。扉を開けた瞬間、鼻孔をくすぐる本独特の匂いに自然と頬が緩む。案内してもらった中で一番心が躍ったのはやはり此処だった。アウディガナ家にもない稀少本があちこちの書棚に眠っているのだ。ときめかない筈がない。

 るんるん気分でお目当ての本を抜き出し、窓際に設置してあるソファーに腰をかける。古革の表紙を開き、束の間の異世界への小旅行を楽しむ。




***



 それからどのくらい時間が過ぎたのか。本に影が差していることに気付き、顔を上げると日が落ち始めていた。いつの間にかそれなりに経過していたらしい。

 蔵書室にいることは伝えてあるが、未だ呼ばれていない現状を考えれば急用に意外と時間がかかってるようだ。シュゼットはしばし考えてから本を閉じた。元の書棚に戻し、部屋をそっと出る。


 足を進める先は大きな離れ。鍛錬場と呼ばれる、ライガーと出会った場所だ。僅かな緊張感と高揚感を持ちながら取っ手を押せば、ライガーはいた。先ほどと同じ場で、同じように弓を引いてた。

 思いがけない来訪者に目を見張る少年にシュゼットは丁寧な動作で礼を取る。


「訓練中に再度お邪魔して申し訳ありません」

「……お一人ですか」

「ロザリナ様は急用ができたらしくて。それが済むまで邸内を自由に見て回っていいと許可をいただきました」

「それで此処に? 明日は試験だとお伝えしたつもりですが」

「ええ、もちろん理解しております。決して邪魔は致しませんので、こちらで見学させて頂けませんか」


 ライガーは冷笑を浮かべる。もう体裁を整えるつもりもないらしい。


「正直に申し上げますと他人がいると気が散ります。訓練に集中したいので出来ればご退出願えますか」

「まあ、私がいると集中できませんか……それでは試験も大変なのでしょうね」

「はい?」

「だって試験はたくさんの方に見られながら行われるものなのでは?」


 『小娘一人の存在で集中を乱す程度の腕なのか』という含みに、ライガーはひくりと口角を引き攣らせる。まさか言い返されるとは思いもしなかったのだろう。動揺が隠し切れていない。

 レオガルドと3年もの付き合いをしてきたシュゼットとしてはライガー程度の嫌みなど可愛いものだ。むしろ温すぎるくらいである。


「いい性格をなされているんですね」

「お褒めの言葉、光栄です」

「…………お構いはできませんが、それでもよければどうぞお好きになさってください」


 盛大な溜め息と共に得た了承。笑顔の裏で小さくガッツポーズを作る。

 無礼も迷惑も承知の上で壁際の椅子に腰を下ろした。



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