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当て馬俺様系を目下矯正中です  作者: 佐倉ユウキ
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1.最悪すぎる最期を視てしまいました

 

 ニカロス王国の一貴族、アウディガナ家。3兄妹の第2子、シュゼットは物心がつく前から不思議な力を持っていた。それは夢で視た内容が現実でも必ず起こるというもの。所謂『予知夢』だ。

 母親の探し物の場所を言い当てたり、快晴の朝にも限らず父親に傘を持っていくよう伝えたり。あまりにもよく当たるシュゼットの言に周囲の大人達は勘のいい子だと持て囃した。


 そんな彼女が6歳になった頃。彼女は自分自身でようやくその力を認識した。夢に表れたことが本当に起こるのだ、と。その内容は明日を視る近いものから、一週間ほど遠いものまで。自分の日常を視ることが多かったが、時には全く知らない他人や風景を視ることもあった。

 シュゼットは堪らなく毎日が楽しかった。なにせ事前に未来が分かるのだ。失敗する未来ならやり直せるし、喜ばしい未来なら心待ちにすればいい。今夜はどんな夢を視られるのか、ベッドに入る瞬間が一番心躍る時間だった。


「お母さま見て、虹が出ているの!」

「まぁ……先ほどの通り雨かしら」

「ふふふ、きれい?」

「ええ、とっても。教えに来てくれてありがとう、シュゼット」


 例えば宝物を落としてしまったと泣く子に見つけたぬいぐるみを返せたとき。

 例えば給仕するメイドに注意を促し、お皿を落として怒られるのを防げたとき。

 例えばこうして、雨上がりの虹を大好きな人と一緒に見上げられたとき。


 自分の力が周りの大切な人を笑顔にする。それがシュゼットには嬉しかった。

 けれど、幸いなのかシュゼットは聡い子どもでだったためこの能力のことは大っぴらにしてはいけないものだと、誰に言われることなく分かっていた。だから夢の内容は公言せず、自分は勿論、誰かの未来を変えたいときはバレないようにこっそり行った。それで全てが上手くいっていたのだ。


 ――そう、8歳を過ぎるまでは。







 並び立つ金髪の青年と黒髪の少女。

 幸せそうに、穏やかに男女は微笑み合う。

 そんな2人に対し。

 悔しげに眉を吊り上げる銀髪の少女。

 憎々しげに睨み付ける茶髪の青年。

 憎悪と嫉妬心に我を失って。

 自尊心と虚栄心を守ることに躍起になって。

 彼女達は黒髪の少女を、周りを傷付ける。

 諌める声も、正す助言も、寄り添おうとする者さえ。

 罵倒し、排除し、破滅へとひた走っていく。


 そして最期には。



 落ちる。

 堕ちる。

 墜ちる。 


 どこまでも、どこまでも。


 落ちていく。

 沈んでいく。

 どこまでも深く。


 手を伸ばしても取ってくれる者は誰もいない。

 助けを叫んでも応えてくれる者は誰もいない。 

 許しを乞うても聞いてくれる者は誰もいない。



 最期には、何一つ残らない。









「いやぁあああぁああ!!!!」


 飛び起きたシュゼットの悲鳴に、メイド達が慌てて駆け付ける。いくら声をかけても幼子の震えは止まらない。彼女付きのメイドであるミーシェは、そっと小さな身体を抱き寄せた。


「シュゼット様、大丈夫、大丈夫ですよ」

「あ、あ、ミーシェ、ミーシェ……っ」

「はい、ここにいます」

「ひっく、う、あ……っ」


 ようやくアレが夢だったと気付き、シュゼットの肩から力が抜けていく。安堵と共に込み上げた思いは涙と一緒に溢れ出し、わんわんと声を上げて泣いた。心配そうに見守っていたメイドたちもようやく口元を綻ばせる。

 涙が落ち着いてきた頃、話を聞いたらしい母親が姿を見せた。湯気の立つホットミルクを渡され、シュゼットはその暖かさにほっと息を漏らす。


「もう落ち着いたかしら?」

「はい、お母さま。……その、夜遅くにごめんなさい」

「いいのよ。シュゼットに笑顔が戻って良かったわ」


 優しく頭を撫でられる感触にくすぐったい気持ちになって、誤魔化すようにカップに口を付ける。

 ああ、本当に夢だったのだ。こんな夜中にシュゼットを心配してくれるメイド達も、わざわざホットミルクを淹れてくれる母親も傍にいる。


「怖い夢でも見たの?」

「…………すごく、怖い夢を……」

「そう……でも大丈夫。ただの夢だもの。もうあなたを怖がらせるものは何もないわ」


 怯えが表情に滲むシュゼットを、母親は安心させるように抱き締める。その温かさに頬を寄せ、少女は目を閉じる。そう、夢だ。ただの夢。


 だからこその、恐怖なのだ。




 再びベッドに潜ったシュゼットは、ゆっくりと息を吐く。自身の波打つ髪の一房を摘み上げ、サイドランプの明かりに照らす。


「……銀色」


 母親譲りの紛うことなき銀髪。髪だけでなく翡翠色の大きな瞳も、あの夢の中の少女と同じ色だ。確証などなくてもとっくに気付いていた。アレは未来の自分なのだと。自分の辿る、最期なのだと。

 ぶるりと身体が震え、自分自身を抱き締める。深呼吸を繰り返し、気持ちをどうにか落ち着けてから瞼を持ち上げた。


 嫌だ。奥歯をぐっと噛み締める。誰からも見放されて憎まれて、独り死んでいく最期なんて。


「絶対にイヤ!」


 決意を露わに跳ね起きる。机の前に座って筆記帳を開き、手に取ったペンを走らせていく。

 金髪の青年、黒髪の少女、茶髪の青年。そして、未来の自分のこと。どんな場所で、どんな服装で、どんな表情で、どんなことをしたか。どんな結末になったか。夢で視たこと、記憶そのままに書き残していく。

 正直、シュゼットにも分からないことが多かった。あの夢の自分は今よりもずっと大きく、おそらく何年も先の未来だろう。しかしそんな先の未来など、今まで一度も視たことがなかった。夢に出てきた人物も、場所も、服装も遠すぎる未来のせいで見覚えのないものばかりだった。


 そもそも、そこまで遠い未来を変えられるのだろうか。


 じわりと、弱気が首をもたげる。だって前例がないのだ。今まで視てきた未来で一番遠くても一週間ほどだった。何年も先の未来などはっきり言って未知の領域だ。今から起こした行動がどう転ぶのか、転んでくれるのかさえ、全く分からない。もしかしたら、何をしても無駄なのかもしれない。もう決まっている最期なのかもしれない。


「――違う! 絶対に違う!!」


 ペンを握り直す。震えそうになる指先を叱咤しながら未来への手掛かりを書き連ねる。

 この力は今まで、シュゼットも周りの人も、皆を笑顔にしてくれた。今回だってきっと、自分に与えてくれた警告なのだ。幸いまだ時間はたっぷりとある。大丈夫、絶対に変えられる。そう何度も自身に言い聞かせる。



「必ず、変えてみせる」



 最低最悪な最期を。

 8歳の夜、シュゼットは固く誓った。

 

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