茨の道を選んだ男
くすくす笑う岬の姿が不気味に見えて仕方ない。傍から見ると笑顔に見えるけど、瞳に一切光がないように見えてしまう。私だけなのだろうか、彼の本当の姿を知っているからこそ、そういう目線で見てしまうのかもしれない。
最初に岬と出会った時は少し違和感を感じた程度だったけど、今ならその違和感が何だったのか理解出来る。
見えない闇はいつの間にか残り少ない私の光さえも侵食してしまうのだから──
お父様からの紹介でこの会社の研究者として配属された岬。どうやってお父様との縁を繋いだのか未だに分からない。最初はお父様の事だから裏から引っ張ってきた人材だと思っていたけど、繰り返し聞いてみると、口を閉ざして隠すばかりのお父様から「私からスカウトした訳じゃない」と言われ、驚きを隠せなかった。
「どうしたんですか? 副社長」
「えっ」
「何か考え事しているようでしたから、観察をしていました」
いたずらっ子のように微笑む岬の笑顔が怖い。ゾクリと武者震いをしてしまいそうな身体を抑えながら平静を装う。
「別に貴方に関係ない事よ。そんな事より岬君、貴方は研究の事だけ考えてればいいの」
「くすっ……副社長の言う通りにしていますよ。まぁ俺からしたら副社長も「研究対象」ですがね」
まるで私の秘密を知り尽くしているような口調で煽る彼の背中から影が浮き彫りになって私の身体を包み込もうとしてくるみたいな恐怖を感じてしまう。距離が近くなればなるほど、彼の隠している「本性」が見え隠れしていて、吐き気がしてしまいそうだ。
「……本当に貴方は」
「ん? 何か言いました?」
「……独り言よ」
「ふうん。そうならいいけど。まぁ俺は楽しませてもらっていますから。楽しいですね」
「そんな事誰も聞いてないわよ」
「そうですか? 何か知りたそうな顔してましたけど」
私は逃げ場のないため息を吐いて、口を開く。
「貴方の勘違いじゃないの?」
深呼吸をした訳じゃないけど、ため息を吐く事によって少しだけ落ち着いた気がする。私の中で今、一番敵にまわしたくないのは「岬 啓介」かもしれない、と常々思う。最近になって特に……。
「ねぇ副社長」
試験管に入っている血液を電気の光を当てるようにして、ゆっくりと回す。まるで赤ワインを窘めているような姿が美しく見えてしまう。岬は何かを愛でる時に目つきがいい意味で変わる。その横顔を見ていると、何故この世界に入ってきたのか少しだけ理解してしまう自分がいた。
自ら好んで茨の道を選んだ男──それが岬だと思う。