バクった思考と身体
岬の言っている意味が分からない。どうして私が自分の身体を傷つけなければいけないのだろうか。どうすればいいのか戸惑っていると、そんな私の態度に笑っている彼がいる。
「大丈夫だって、死にゃしねぇよ。上手くやれば出来る」
そう言い切ると、小さなボトルを手にし、微笑んだ。この中に血を注げと言い切る岬の笑顔は闇を含みながら、歪んでいく。その姿を見ていると、吐きそうになってしまう。ヒスの事を心配はしているが、そこまでしてまで見つけようとは思えない自分がいた。
「結局お前は自分が大事なんだろう? だからそこまでは出来ないと」
「……」
返す言葉がなかった。私は無言で俯きながら、岬の言葉を聞いている。彼は「傑作だ」と大げさに笑いながらも、私が行動を起こす事を望んでいる。待っている、と言った方が正しいのかもしれない。
「じゃあ、傷つけずに血を拝借する事にするか……」
何かを考えるように呟く岬の言葉は私の耳には届かない。まるで時間が止まっているような感覚の中で首にチクリとした痛みが走った。その事に気付いた時にはもう、遅かった。即効性がある痺れが首から侵食し、話す事もままならなくなっていく。
言葉を出したいのに、思い通りに出来ない。私は精神力で耐えようとしたが、耐えれば耐える程、全身に回っていく。視界も少しずつ歪んでいく中で、私は耐え切れず、簡単に意識を手放した。
せっせと動かなくなった私の腕を捲り、注射針を血管に差し込む。手際がいい、慣れているのだろう。岬がどのような人生を歩いてきたのか、私には到底理解出来ない中、トクトクと心臓の音に合わすように血液が抜けられていく。
「こんなもんか。少ないけど、どうにかなるだろうな」
返事も反応もない私に囁きかけるように呟く言葉達は純粋に悪意を持っている。何に使うのかは岬だけしか知る事の出来ない現実。目的のものを手に入れる事が出来た岬は、スッと注射針を抜いた。針の跡からプックリと血が滲んでいく。
「勿体ない」
岬は私の腕から零れようとしている血を舐めとると、愉悦を感じながらペロリと唇を舐めた。このまま、何の手がかりもないまま、ヒスを探す事も出来ないままになるのかと夢に捕らわれた私は落胆する。
彼がどんな人間か分かっていたつもりだったのだが、奇妙な提案をされた事により、思考と体が拒否反応を起こし固まってしまったのだろう。そう考えると、自分は「まだ」まともな人間なのかもしれない。
今考えても、どうにもならない私に気付く事なく、岬はさっさと離れていく。元きた道を……。
私の胸には一つのカードーキーを残して、時間は残酷にも流れていった。