条件
この男は私の事を知っていると言う。そして弟の居場所も。ついてくるのは私の自由だと私の心を揺さぶってくる。何者かも分からない存在に翻弄されている事が悔しく、腹立たしい。男は私を試すような目で見つめ、微笑む。この状況でそんな余裕がない私は、男の襟を掴んだ。
「何者だ、何故、弟の事を知っている」
「だからお前の知り合いって言ってるじゃないか。蒼」
「お前みたいな奴、知る訳ないだろう」
「ここまで言っても気づかないの? 鈍感だね」
「黙れ」
「感情に身を任せるといい事ないよ、蒼」
「何度も言っているだろう? 初対面の奴に言われたくないと」
話が前に進まない事に呆れた男は、髪をかきあげ、ポケットから眼鏡を取り出しかける。
「これでも分からない?」
その姿を見て、どこかで会った事があるような気がした。どこかでこの男を見ていた。だが記憶の中にぼんやりと存在するだけで、中々名前が出てこない。そんな私を見かねた男は、ため息を吐きながら言った。
「岬 啓介」
「み……さき?」
「そ、根暗で存在感の薄かった岬だよ」
私が中学時代にいつも一人で本を読みながら、誰との関わる事のなかった同級生の岬。髪色と眼鏡を外すだけでここまで印象が変わるのかと驚いたくらいだ。記憶の奥底にちっぽけな存在として印象が強かった。性格も大人しいと言うよりは、何を考えているのか分からない奴だったのを覚えている。クラス中に噂が回った事もあったくらいだ。確か捨て猫を拾って、ナイフでズタズタにしていたとか聞いた事がある。
正直、一番関わりたくない人間だ。
「思い出したようだね、よかったよ忘れられてなくて」
「そんな事はどうでもいい。どうして弟がいなくなったのを知ってる?」
「聞きたい?」
「そりゃそうだろう」
「あはは。そんな怒るなよ。久しぶりの再会なのに」
岬は何がおかしいのか大声で笑う。聞いていて反吐が出てきそうだ。嫌な音をしている。
「弟さんは俺らの所で遊んでんぞ」
「遊んでる?」
「ああ。こちらが気づいているのに気づかない鈍感さは同じだよな、お前と。弟さんからしたら宝探しか、謎解きでもしてんじゃね?」
「……知っているのなら、教えろ」
岬自身が私をからかって遊んでいるようにしか見えない。私がどんな反応をするのか見ているのだろう。まるで弱い生き物を笑いながら甚振るように。
「タダで教える訳ないだろう。教えて欲しいのなら。手首を掻っ切れよ」
「何を……言っているんだ?」
「俺はお前の血が欲しいの、今さ手元に刃物ないからさ、自分の爪で思いっきりしろよ。そしたら教えてやる」