あたしはプレイヤー彼はキャラクター
一度踏み入れた場所からは逃げる事が出来ない。例えそこに心を躍らせるような仕掛けがあっても、それは侵入者を歓迎する為の遊びと言えよう。誰かに見られている感覚を抱きながらも、その現実から逃れる事は出来ない。
レイカは声を殺し笑い続ける。眠っている振りをしていた彼女はヒスが自分のスマホを持ち出していく事を見逃した。それはまるで最初から仕組まれていた物事を進める為に誘導させたのかもしれない。自分を不審がる存在に目をつけ、冷静な判断力を奪う為の演技だった。こんなに簡単に引っかかるなんて、と思いながら塞がれている口元に指を滑らせた。
後は組織の人間が彼を監視してくれるだろう、そう思いながら自分が自由を手に入れた事に歓喜した。その時だった、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきたのだ。レイカは音を立てずに元の体制に戻り、眠り続けた。
「眠っているのね、レイカ」
「……」
「蒼はヒスを探しに行ったわよ、どうする気?」
蒼生はレイカの元に近寄り、口元の糸をゆっくりと解いていく。その間レイカは人形のように静止したまま、自由になるのを待っていた。全ての糸を抜き取ると、痛々しい針の跡が顔を出した。
「起きているんでしょう? これで話せるわよね」
「……せっかく寝ていたのに、起こすなんて悪い人だ」
「何を言うか、レイカの方がタチが悪いでしょ?」
口元を抑えながらくすくすと笑うレイカ。その笑顔はどことなくぎこちなく感じる。蒼生はため息を吐きながら、荒らされた鞄に視線を向ける。
「ヒスは何処に行ったの?」
「あたしには分からないわ。くすくす」
「蒼がいないから本性が出せるって訳ね。こっちは暴走してあの兄弟に接触したあんたを助けてやったのよ? 自覚してる?」
その言葉に反応するように起き上がると、レイカは目を見開き、蒼生を見つめる。その瞳の奥には何もない、感情も闇も光も不安も、そして希望も。生きている人間のように思えないレイカの様子に蒼生はため息を吐き、タバコを咥える。
「タバコ止めたんじゃないの?」
「そうだったわね、誰かさんが余計な事をするからよ」
「くすくす、あたしのせい?」
「よく分かってるじゃない」
白い壁に向けて煙を吐くと、少しずつ空気が歪んでいく。まるで壁自体が息をしているかのように、煙を吸収していく。その光景がレイカは面白く笑っている。笑い続ける人形、他の事を忘れた存在のように。
「スマホとカードキーがなくなってるの。きっと彼が持ち出したんだと思う。ねぇ蒼生? 彼は辿り着けたと思う?」
「知らないわよ、やっぱりあんたの仕業だったのね。ヒスをどうするつもり?」
「彼は自分からゲームを求めたの、だからあたし達は彼の生末を見届けるプレイヤーよ? あ、勿論彼は、ゲームの中のキャラクターね」
レイカの口調を聞いていると、イライラしてしまう蒼生。タバコを吸うペースが速まっている気がする。自分の思い通りに物事を運ばせたい蒼生とキャラクターに自由を与えて結末を楽しもうとするレイカ。
「気が触れてる」
「貴女もね」