二人の九条蒼生≪合致地点
少しの沈黙の中で時間だけが過ぎていく。私はレイカが落ち着くように諭してみるが、何も聞こえていないようだ。どうしようかと思いながら、自分がパンドラの箱を開けてしまった事を悔いる。ヒスも何度も何度も声をかけているが、私の時と同様だ。
「どうするんだよ、様子がおかしい」
「お前知ってるはずだ」
「何が」
何度も同じ会話の繰り返し、ヒスは本当に知らないというのだろうか。九条の名を持つ上の層である「富裕層」の私達なら知っているのが当たり前だと思ったんだが、思い違いだったのだろうか。その時だった、急に個室に入ってきた人物がいた。
「これを使うといいわ、発作を止めれるから」
そう耳元で囁かれるとゾクリとした、この女は一体なんなんだ?
「あんた誰だ?」
ヒスが睨むと、女は帽子を取り会釈をする。パサリと黒髪が目に移り、レイカと同じ顔の女がそこにいた。私は一瞬、何が起こったのか分からず、思考停止。私達が双子でもここまで似ていないのに、この女とレイカは生き写しのように似ている。
「蒼でしょ? 私の事忘れてるなんて寂しいわ」
「!! 蒼生か? お前今まで何処に」
「今はそんな事どうでもいいじゃない、それよりレイカの発作を止めるのが先よ」
「……ああ」
プルプル震えるレイカの横に座り、注射をする。錯乱するかと思ったが、思った以上に意志が固いらしい、一生懸命「イシス」の副作用に耐えているのだろう。全ての液体がレイカの体に注ぎ込まれた瞬間、ドサリと倒れた。私達はその光景を見ている事しか出来なかった、無力とはこういうものだろうか。
「蒼、余計な事してくれたわね」
「もしかしてと思って、試しただけだ」
「それがレイカを追い詰めたのよ」
私と蒼生は口論になりながらも、ヒスの存在を忘れてはいなかった。一呼吸置いて「これ以上言ってもダメね」とヒスに視線を注いだ。
「ヒス、久しぶりね、貴方まで私の事忘れたとか言わないでしょうね」
「蒼生ってまさか、九条蒼生か?」
「そうよ、貴方のお兄さんと同姓同名のね」
「なんであんたがここにいるんだ」
「レイカが行方不明になっててね、カバンの中にGPS入れてて正解だったわ、まさか貴方達と一緒にいるなんて思わなかったけどね」
九条蒼生、私と同姓同名で、元分家の家柄だ、九条家から縁を切り、独自で立場を確立していると聞いていたが、こんな所で、再会するなんて想像もしなかった。
「レイカに酷い事をしたのは、お前か」
ヒスが蒼生の言葉を聞いて、怒号した。それを冷静に見ていると「何黙ってんだよ」と私も怒られる羽目になってしまう。レイカの記憶は「イシス」の影響により、改ざんされている事は明白だ。この事実に気づかないという事は、本当に何も知らないという事になる。
「ヒス冷静になろう、こいつがした訳じゃない」
「は? どういう事なんだよ」
「お前も知っているはずだ、変異細胞の事を……」
「変異細胞?」
「イシスよ、貴方達知っているでしょう?」
私の代わりに蒼生が伝える、するとヒスの顔がどんどん青くなっていくのが分かる。どうやら知っているようだな、その反応は。私と蒼生はヒスとレイカに手をまわし、店を後にした。これ以上、店に迷惑をかける訳にはいかないからだ。出る時に変な目で見られたが、レイカが病気持ちだと言う事を蒼生が伝えると、どうにか収まったようだ。一応、レイカの保護者を任されている。
車に乗ると、蒼生までついてきた。状況を聞きたいと言われたからだ。おやじさんに怒られるんじゃないかと聞くと、これも仕事の内と冷たい事を言う。昔からそういう所は変わっていなくて、ホッとしたが状況が状況だろう。
「車を出して、貴方達の新居に行くわよ」
何故、私達が新居に行く事を知っているんだ、この女。横目で見ると、助手席に座った蒼生はウィンクをして誤魔化した。普通ならレイカの隣に座るのはこいつの方がいいと思うのだが、蒼生はヒスにその役目を渡した。
「優しい弟くんだもの、頼んだわよ」
「……分かったよ」
「いい子ね」
「子供扱いすんな」
おこちゃまね、そう呟きながら、今に至る。