罠
「社長失礼します」
本当は私がその役目を担うつもりだったのだけれど、岬が「俺が開けるんで」と言って聞かなかった。他の社員達なら私に恐れて、譲るのに、本当変わり者ってこう言うんだろう。まぁそんな事はどうでもいい、問題は何故、私も必要なのかだ。とりあえず様子を見る事にする。
「ああ。岬くんか、どうしたんだい?」
父は休んでいるはずなのに、資料を眺めていた。もうすぐ11時が回るというのに、どこまで残業をするつもりなのかしらと溜息が出てしまいそうになる。
(休んでいなかったの?)
あんな顔色だったのに、社員の前では平気な振りをしている父に対して、少しでもいいから休んでほしかった。一言、言おうとしたが、岬がいる手前出来ない。体調不良なんて知られたくないものね、私が父の立場であっても同じ事したと思う。
「頼まれていた資料を持ってきました、念の為に副社長にも確認していただきました」
「蒼生に?」
「はい、いけませんでしたか?」
「そういう事はないが……」
父の言いたい事は分かる。私だったからよかったものを、もし他の人がいたら、自分より立場の上の役員達がいたら見せるのかしら。そうするとどんな事になるか分かっているの? 「イシス」の情報を知っているのは一握りの人間だけ、それを考えての行動とは思えない。
普通の書類でもものによるが、今回は「機密資料」だ。外部に出てしまったらいくら父でも大変に決まっているのに、何故、この男を選んだのだろうか。
「副社長も知っておくべきですよね、僕の判断で軽率な事をしたのは理解しています」
「いや、蒼生にも必要な情報だろう、だが今回だけだぞ」
「ありがとうございます」
私が岬と同じ事をすると怒るのに、どうして岬にはそんな自由が認められているの。何か優遇されている気がする。心のモヤが頭脳を刺激する、興奮してしまいそうな自分がいて、嫌になる。まだ行動に移していないのは少しの冷静に考える余裕があるって事。ほんの少しだけどね。
「蒼生、目を通したのだろう? どう思う、お前の意見を聞かせてくれ」
急に話を振られると、困惑してしまいそうになる、これは仕事、冷静にならなくては。
「サッとしか目を通してませんが「イシス」の情報としては適格だと感じました」
「そうか」
「しかし人体にどのような影響があるか不透明、試験段階に移るのは早いかと」
「……岬くん、君はどう思う?」
少しの沈黙の中で考えているのが分かった、そして同じ問題を岬にも投げつける父がいる。
「僕の意見も同じです、しかし、いつまでも渋っているのはどうかと」
「ふむ」
「副社長は独自で動いていると聞きましたが、違う方向でも動いていいと考えています」
何が「僕も同じ意見」よ、全面的に私の意見を否定しているじゃない。最初に肯定を述べて、その後に自分の考えや提案を言う、人間の心理をついている話し方ね。すんなり入りそうになる言い方。さっきまでは好意的に私の事を見ていた癖に、急な手のひら返し、やっぱり信用出来ない男。
父の口が動く瞬間、言葉を被せて阻止する、岬の思い通りになんかさせない、その一心で。
「少しの間、この件私に任せてはいただけませんか?」
今までの私ならこんな事言う事はなかっただろう、それも父の話を遮るなんてしちゃいけない。だけどこのままの流れで行くと岬の思い通りになりそうで怖かった。そんな私の気持ちを逆撫でるようにニヤリと笑うお父様がいる。