重圧と策
『碧生さん…なんで風樂さんがここにいるんですか?』
「さあ?私には分からないな」
『……碧生さんが呼んだのですか?』
「なんで私が?」
『風樂さんに来てもらいたい感じがしました』
…ははっ。
これだから感受性が豊かな子供は困るのだ。
大人の世界に簡単に入り込んだ理委は、ただ単に好奇心のみで行動してきたのかもしれないね。
私達とは違う考え方と目線を持っているからこそ『利用』出来るというものだが、現在のこの三人の空間では一番の邪魔者なのかもしれない。
純粋さは簡単に刃へと姿を変え、状況を変えてしまう…いや崩壊へと導くと言った方が妥当だろう。
無垢な事は魅力でもあるが、人を傷つける要因にもなりかねない事を自覚した方が賢い生き方が出来るのだから。
私個人の一意見として語るとしたら、こんな考察しか出来ない。
はぁ…と深いため息を吐きながら、心の瞳で理委を睨み続ける。
裏と表は表裏一体だからこそ、複数の仮面を被る事が出来るのが事実であり、現実だ。
私の心の呟きが風樂に流れ込んだように彼女は私の『サポート』へと回るのだ。
生き方が違う事は考えや価値観が違う事。
同じ人間なんてこの世には存在しない。
もし存在するとしたら人々が呟くような『ドッペルゲンガー』なのだろう。
「理委さん急にどうしたの?そんな警戒して…何かしたかしら?」
『……い…え』
「そうならいいのよ。それより理委さんに聞きたい事があるの?」
『なんですか?』
不穏な空気が漂いながら、私の心の闇と同化しながら、毒素を吐くように、周りの民衆は煙草の煙を吐き続ける。
これが『プライベート』だったら、私も煙草を取り出し、その『宴』に参加したい位なのだが、そうは問屋が卸さない。
今はあくまで『ビジネス』のお時間なのだからな。
「二人でのお話ですか?私も混ぜてほしいな」
「碧生さんは部外者ですよー」
「…なんと言う事なのでしょうか…代表取締役の私が『部外者』ですか?あはは…会長の秘書に言われるとは思ってもいませんでした」
「…会長の秘書と言う言い方はやめてもらえませんか?私には『風樂』と言う名前があるのです」
「これはこれは、失礼しました『秘書殿』なんてね」
「…それは嫌味ですかね?」
「さあ?風樂さんなら理解出来るんじゃないですかね?」
全ての会話は予め始めから用意されているものだ。
全ては昨日の段階で、こうなる事を予測し、理委が逃げ出さないように、手段の一つとして先に手を打つ為に風樂と練った『策』の一つでもあるのだ。
ここでの演技者は私と風樂の二人であり、観客は理委とここにいる周りの人間だけだ。
色々な人達が存在し続けながら、ひっそりと隠れる私達はかくれんぼの鬼をしているみたいな錯覚を感じてしまう。
それもそれで一つの楽しみと刺激なのだから。
何も臆する事はない。
『…あたしはこれで失礼します』
私達の会話を聞き役として回っていた理委は、二人が無意識に『わざと』与える重圧に耐えきれなくなったみたいで、この場から姿を消そうと企む。
しかし逃げれると思うのかね?
全ては理委の父から始まったこの裏金の『ルーツ』を辿る事。
そして『なかった事』にする事など出来ないのだから。
理委は覚えているのかもしれない。
まだ幼い理委が見た。
君の父が潰した人間の『血』と『指』と『手』が吹っ飛ぶ瞬間を。
血に彩られた、あの光景は今でも忘れられないのが本音なんだ。