黒い人影
お父様は体調がすぐれないようだ、こんな時に渡すのもどうかと思うが……こんなものを手元に置いているのはよくない。変な誤解をされても迷惑だ。私にも立場と言うものがあるからね。私は自室を出て、父の部屋へと向かう。地下から1階へと行くと、誰も残っていないようだ。チラリと腕時計を見ると、22時が回っている。
私の会社は基本定時あがりだから、この時間まで残っている職員はいない。そう考えると岬は裏の事を知り尽くしているようにも思えた。全てオミトオシですよ、と言わんばかりの態度だったし、直接お父様、社長に手渡しを出来る事を考えると、納得がいく。
裏の仕組みを理解出来ていない人材を使う事はない。下手したら表に露見するからだ。だからこそ、少人数しか知らないのだから。
コツコツとヒールの音が無機質に響く。暗い廊下を歩いているとふと怪談話を思い出した。目に見えないものを信じる事はないが、これでも一応「女」だ。怖くないと言えばウソになる。そんな想像をしていると、寒気がした。
(何を考えているの、私は。そんなものいるわけないじゃない)
幽霊なんていない、そういない。
「副社長」
「ひっ」
誰もいないと思っていたのに、ヌウッと黒い人影が浮かび出て、私に声をかけてきた。怖い話を思い出している所に声をかけるなんて、タイミング悪すぎでしょ、少し考えてもらいたいわ。私は声のした方を振り向いた。
「あれ? 誰もいない」
気のせいだったのかしら、最近仕事ばかりで寝ていなかったのを思い出した。疲れが出ているのね……人間の体って本当にやわで嫌になってしまう。
「副社長」
「……」
気のせいじゃない……わよね、だって聞こえたもの、今はっきりと。ゆっくりと振り向きながら呼吸を整えた。
「……岬くん」
「あはは、気づきました?」
「何しているの、そんな所で」
「脅かしてただけですよ」
この男、私がビビってたって言いたいの? そんな変な声出てたかしら、と思いながら、岬が隠れている棚の近くへ近づく。
「もう帰らなきゃダメでしょう」
「いやぁ、気になっちゃって。どうでしたか? あの資料」
「よく出来てるんじゃない?」
それだけ言い、立ち去ろうとすると、俺も一緒に行きます、と急に言い出した。私に機密資料を見せておいて、今度は一緒にお父様の所へ行くですって?
(何考えてるの、こいつ)