岬 啓介
蛍光灯の光しかない、他は暗闇だ。岬は私の背中を見送ると、クルリと元きた道を歩き出した。彼の頭にあるのは大切な人を失ったあの日の事。自分が善から悪に染まったきっかけの時の事を思い出していた。
「俺らしくないな」
そう呟くと、口角を下げた。笑っていた表情は消え去り、その場に残ったのは無表情だ。私は何も知らない、彼がどんな人生を歩み、築き上げてきたのか、それはまた別の話になる。闇の中で眩く光るのはスマホ。岬はスマホを見ると、溜息をつき、呟いた。
「シャットダウン」
するとどうだろうか、全ての機械音が停止した。彼は「またか」と言うとある人物に電話をかける。彼の言葉は「イシス」の影響もあり、機械を全て自分の思うまま操る事が出来る。彼自身、人体実験された後の体だった。それを決行したのはお父様ではなく、岬自身。
「何の用?」
──上手くやってるのか?
「父さんは心配性だな、大丈夫だから」
──息子の事を心配しない親はいないだろう?
息子と言っても「義理」の息子なのに、昔からどうしてだかクビを突っ込んでくる。まぁこの会社に潜入出来たのも父さんのおかげだし、何も言う事はないだろうと岬は思った。
「で、要件は?」
──九条家の娘と接触は出来たのか?
「まぁね」
──そうか
そんな事を確認する為に電話をしてきたのだろうか、いいやそれだけじゃない。今通話が出来る状況かどうかを確認して、岬が自由に動ける状況かどうかを把握したかったのだろう。誰か、監視が常にいると、動けるものも動けやしない。それが分かっているから、確認もふまえて連絡をしたのだろうね。
「今は全ての機械を停止してる、後二分で元に戻るから、切る」
そう告げると、電話の向こうの人物は「分かった」と言った。すぐさまスマホをしまい、元の自分の立ち位置へと戻っていく。機械関係の責任者は岬本人だ、こうやって自由な時間を作る為に、エリートとして演じているのだろう。
真っ暗な闇から淡い光へ遷ろう瞬間だった。小声で見えなくなった私の影を追いながら口にした。
「お手並み拝見だな」
フッと鼻で笑うと、電気が復旧された瞬間にはいつもの「岬 啓介」に戻っていた。