面白い男
カタンとドアを閉めると、自分だけの空間に入り込んだ。ここはお父様が用意してくださった自室だ。この会社の地下2階に私の部屋がある。太陽の光を浴びる事も、風を入れ替える事も出来ないけれど、現在の自分に似合っている場所だと思ってる。
なにせ、この場所を選んだのは自分なのだから、不満があるはずもない。色々考えたり出来るし、閉じこもる事も出来るから、最高の居場所と言っていいだろう。
(しかし……あの男、昔、何処かで出会ったような)
笑顔なのに、冷たい瞳、あの冷酷なまなざしを何処かで経験している。遠い昔、何処かで……でも記憶の中はふんわりとしていて、よく思い出せない。脳みそを絞れば出てくるだろうか、そんな事が出来たらいいのに。
(考えても仕方ない……か、取り合えず資料に目を通しますかね)
一人の時間がこんなにも楽なんて以前は考えたりもしなかった。この仕事に就いてから、余計に感じるのは。どこかで自分でも思う事があるのだろう、と完結してみたりもする。考えるよりも、動く方が結果に繋がるし、ストレス解消にもなるからね。
「ふうん」
資料をパラパラと捲って、サラリと読んでみたが、じっくり読む事にした。お父様が用意した読み物よりも、こちらの方が純粋に面白そうだったから。自分にも関係ある事なのに、他者目線で、物事を見ている自分を笑ってしまいそうになる。
(余裕がなくちゃ、対策も出来ないもの。色々思う事はあるけど、確認する事の方が大切だから)
自分にそう言い聞かせながら読み進めていく。岬が何故、評価されているのか分かった。綺麗な資料作り、読みやすいし、適格にまとめている、それ以上に、なんて言っても面白い。資料を見て「面白い」なんて思う事など基本ないのに、彼の資料は別だった。
「面白い男」
呟いて、ハッと我に返った。心の中で呟いたはずなのに、無意識に声に出ていたみたい。なるべく自分の考えは口に出さないようにしている、その方がリスクを避けれるし、何処で誰が聞いているのか分からないから、最善の注意を払っていたはずなのに、引き込まれた。
(危ない危ない、彼に影響されたのかしら、注意しないと)
カクカクと首を左右に動かし、肩の運動をする。こういう仕草も表では出来ない、私にも副社長としてのイメージがあるから、壊さない為。言葉を行動で誤魔化しても同じだけど、気分的に違うのは私だけだろうか。
わくわくしながら読み進めていくと「イシス」の情報のページまで辿りついた。じっくりと読みたいけれど、お父様に渡すものだもの、速読を使わないと時間の無駄だとも思う。
私のものじゃないからね──