鼻がいい
渡された書類は茶色い封筒に入れられてある。くるくると紐を解いて中身を確認した。資料と言ってもどちらかと言えば「報告書」だ。パラパラめくるとそこには「イシス」の事が書かれていた。その文字を見て凍り付いたのは言うまでもない。
「これは何の報告書かしら」
「社長に頼まれていたのですが、人間の血液を採取した所、不明な物質を確認したのです。その物質の事を「イシス」と我々は呼んでいます」
「そうなのね」
にっこりとした表情の裏に隠れている闇を垣間見た。岬は口角だけあげ、笑顔を作っているようだ。しかし、目が笑っていない事に気づく。この男、只者じゃない、と本能が警報を鳴らす。今すぐ立ち去らなければと思うのだが、足がうまく動かない。
「副社長も知っていますよね? 「イシス」の事を……」
「初めて聞いたわ」
「そうなんですか」
「ええ」
その物質の存在に気づいた第一人者は私だもの、知らない訳ないんだけど、この岬って男が何処まで知っているのか分からないし、父にも勘づかれるのは避けたい。私の母親から採取されたものだと、言いたくもなかった、言うつもりもないけどね。
「要件は分かったわ、続きは後で確認しておきます」
自分で言葉を発したおかげだろうか、コンクリートに埋められたように固くなっていた足も動きを取り戻した。岬はペコリとお辞儀をし、コツコツとその場を去る私の足音を聞きながら、背中を見送っている。
背中に目がついている訳じゃないけれど、視線が痛い。だから演技は必要ね、私の手の内を気づかれては困るのは私だもの。チカチカと蛍光灯の光が眩しい、静けさがより不安をぶり返して、心拍数が上がっていくのが分かる。
(岬、啓介……要注意人物ね)
言葉に発する事が出来ない代わりに心の中で呟いた。イシスの事を調べていた……情報なら私が父に渡しているのに、何故? もしかしてお母さま経由で見つけた事に気づかれた? イシスは遺伝でもある、少しのものだけど、私にも流れている……覚醒する事で本物の「イシス」を名乗る事が出来る。
その血を使えば、そして色々な人間の体を使って細胞を移植させ、私の覚醒した「イシス」と共鳴させれば、大切な人を守れる可能性が出てくる、それにかけたいのに、他の目的の為に使われる可能性がある。それは承知だったけど、ここまで早く嗅ぎつけるなんて……
なんて鼻がいいのかしら──