怪談に出てきそうな女
The moon is chipped and turned into ashes
I drown and become dark
He withers and seeks tears
She runs away from me
月は欠けて灰になり
私は溺れて闇になる
彼は枯れて涙を求め
彼女は私から逃げ惑う
ポタポタと濡れた体から雫が堕ちる、女はにんまりと微笑みながら、自分の唇につけられた糸を解いていく。痛みを感じる事もなくなった心と体は、とうの昔に限界を超えている。女は手慣れたように、唇の消毒をしているようだ。そして新しい、糸を取り出した。
鏡に映るのは黒髪の綺麗な女、どこかの令嬢のような清楚さがあるのに、似合わない唇。鋭い針に糸を通し、自分で自分の唇を閉じていく、狂ったように──
「今日からお前の名は「レイカ」だ」
「……」
「名前を返してほしくば、目的を果たせ」
男は低い声でそう伝えると、女はコクリと頷いた。前髪で隠れていた目がギラリと光ると再び、闇に沈んでいった。
私の知らないところで何かが起きようとしている、獣の刃が降りかかる前触れにすぎない。それを知らずに、自分の存在の意味も、名前も、由来も、何も知らず「蒼生」としている私に憎悪を抱いている様子だった……
「兄さん、どうしたの? 顔色が悪いよ」
「……少し、寒気がしてな、気のせいだと思うんだが」
「疲れてるんじゃない? どこかで休もう」
「だが……」
「あのマンションからは遠のいたよ、大丈夫」
「お前がそう言うなら……」
ヒスの言葉に甘える事にした。風邪ではないだろう、ただ疲れただけだと思うんだが、本能的に何かを拒否しているようにも見える。自己分析をしてみるが、あてはまる事と言えば、父さんとの件だけだ。
(ヒスの言う通り、疲れているだけかもしれない)
コンビニに寄ろうとすると、不気味な女が待ち構えている。右手に包帯を巻き、杖をついている。口を隠すようにマスクをしている、怪談に出てきそうな女だ、嫌な予感がした。