新しい自分
歩道を歩きながら呟いた。
「心に従う……か」
自分はどうしたいんだろう、何を目標としているのだろう。父さんの言う通りに生きる事が身になるのか、と。風が心を浚う。ブワッと髪をなぞられると、頭を撫でられているようで少し歯がゆい。いつからか自分の空間にそんな優しさはなくなっていたから、自然に教えられるなんて、自分もまだまだだなと思い知った。
父さんの言いたい事は分かる。色々なものを切り捨てないと生きていけないから現実を見て、経験をして、それで行き着いた答えが孤独だったのだろう。それでも自分が潰れそうな時、誰も傍にいないなんて私には耐えれない。そこまで強くないし、どう這い上がればいいのか分からないからだ。
「私は逃げてただけなのかもな」
弟のヒスにチャンスをもらった気がした。ヒスの提案は受け入れられないとして、自分に出来る事をしようと思いながら、ヒスの待つ家に帰る。沢山の風景がある、私の横を笑いあいながら駆けていく小学生を見つめながら、ふっ、と笑みが零れた。
「急ごうか」
私も小学生のように駆けだす。自分の運命に向かって、自分の意志を貫くために。それがどんな結果であれ、それが自分の中の「心に従う」事なのだから──
マンションに着くと、急に止まった。大きく深呼吸をし、加速していた心拍数を抑えるためだ。走っていたのもあるが、自分の意見を伝えるという事をするのが初めてだったから緊張なんて半端ない。そんな簡単な言葉で片付けれない想いだ。
そろそろと部屋へと向かう。緊張と不安が入り混じりながらも、震える手でインターフォンを押した。いつもなら鍵を持ち歩いているのだが、今日に限って忘れてしまっていた。きっと考える事に必死になってしまい、目の前の事が見えなくなっていたから、こんなミスをしたのだろうな。
チャイムが内側から響きながら、鼓膜を刺激する。脳天を貫いてくるような音を発しながら、ガチャリとドアが開く。
「遅かったね、蒼。おかえり」
自分の見方が変わったのか、いつものヒスと違う表情の彼がいた。人を変える事は出来ない、しかし自分を変える事は出来る。それが結果的に大きな変化を、本能を呼び覚ますのだろう。
「ただいま」
「すっきりした表情になったね兄さん」
いつもは私の事を「蒼」と呼ぶのに、初めて「兄さん」と心から認めてくれた気がした。私はもう父さんの駒ではない、どちらかと言えばヒスのパートナーだろう。
兄弟でも目的が違う、しかし互いが協力すればどんな事も変えれるんじゃないかと感じた瞬間だった。