紅のナイフ
一人で考えていると顔に出ているような気がして嫌になる。だから心の奥底で蓋をし、現実の光景へと思考を注いでいく。パサリと手に持つ資料の紙の音が耳に触り、少しだけ違和感を感じてしまう。
「どうした、考え事か?」
「いいえ。何でもありません」
「そうか」
いつもの父なら何か疑問があると追及してくるのに、今日に限っては違っていた。私が感情的になった事に気付いているだろうし、自分の中では認めたくないけど、それが事実だから、その事で考え込んでいるのだろうと勘違いしているのかもしれない。
重要な物事は父には伝えていない。結果として出ている情報はそのまま隠す事なく伝えているが、自分自身で手に入れた情報は私の中だけで消化している。私達親子の間に信用はない。だから余計な事を明るみに出して自分にプラスに動くかと言えば別問題。
相手に与えていい情報だけ開示する、でもそれ以外の事は伏せておくのがベスト、私はその考えがあるから。そういう所を含めると全てが父の言いなりではない。
勿論『紅のナイフ』の出所も秘密にしている。知り合いの研究者が提供してくれたものだとは伝えているが、まさかそれが自分の妻だとは想像もしないだろう。母の血を変異させて別次元の細胞と組み合わせたものがあの『紅のナイフ』だ。あれは人間の生き血を啜り成長していくもの。心臓となる核の部分があり、そこから全てのものを変異させていく頭脳と能力を兼ねそろえた『この世』にはないナイフ。
これの出所を調べられると厄介だが、母が手をまわしてくれたおかげで今の所、気づかれずに済んでいる。そこは感謝しかない。いつか知られるのも時間の問題かもしれないけど、まだ大丈夫だろう。私が父の下で居続けている限り、安心だと踏んでいる。
(父は簡単に私を切り捨てる真似はしない。祖父と蓮が敵側でいるのだから尚更。今、私を手放して何のメリットもないから大丈夫──)
無表情な仮面を被りながら、自分に言い聞かせると少し安心する。感情の高ぶりも嘘のように冷静だ。父の目線は私から外れて、何処か遠い所を見つめている。心ここに有らずって感じ。表で令嬢としての立場、副社長としての立場があるから、喋り方にも気を付けていたが、もういいだろう。表舞台ではきちんとした九条碧生としてカモフラージュすればいい事なのだから。
「お父様、どうしたのですか?」
「ん? 何がだ」
「お疲れのように見えます、少し休んではいかがでしょう」
「……そうだな、少し休ませてもらおうか」
いつもの父らしくない、そう思ってしまう自分がいた。