誘導
美しい花は私の前で、まだ蕾の状態で保存されている。
心が固まっているように、冷たい氷で覆われながら私に戻る。
まだ蕾の花はどんな花を咲かすのだろうか。
美しい花?
純粋な花?
それとも残酷な花?
私を狂わしていく誘惑の花なのかもしれないね。
「金の話に戻した方がお互いの為ですよ?私の言葉に惑わされないように…」
そう囁く私は悪魔のような笑顔を振りまき、彼女を壊そうとする。
まるで人形遊びをしているみたいに、全身の骨を折るように、楽しむ。
私にとっては心地よい空間ではあるが、彼女にとっては不安しか感じられない空間なのだろう。
目が虚ろになり、不信感しか感じれないからね。
理委はまだ幼い。私とは10歳以上年が離れているし、こういう対応などは出来てない未熟者。
だからこそ、私の思い通りにする事が出来、色々な策を投じられるというもの。
『…私はそんなつもりじゃ…』
躊躇いながらも、元の話に戻そうとする理委の姿を心の中でニヤリと微笑みながら、誘導する。
破壊への入場門を開き、彼女を奈落の底に堕としていく。
「…いつも電話かけてくる時、金の話しかしないのは貴女でしょうが。私はどちらでもいいんですよ?困るのは理委さんですからね」
そう会話を転換すると、沈黙が続く。
周りの音は喜怒哀楽を感じる事が出来るのに、私達二人の空間からは冷たさと孤独しか感じられない。
冷たさは私から醸し出している綺麗な音。
孤独は理委から出されている悲しみの曲。
「風樂さんでも呼びますか?その方が早い」
『え…?』
「二人じゃ話にならないでしょう?彼女を呼ぶべきですよ、お互いの為にね?時間を有効活用しないと」
『私は二人で話したいのです。碧生さんと…ダメですか?』
私と同じ時間を共有して、状況が変化するとでも考えているのだろうか?
甘く見られているものだ。こんなガキに。
代表取締役という肩書を持つ私と彼女では経験の差と社会の表裏を知らない幼い子。
私の言葉に冷酷さと残酷さが含まれている事にも気づけないのは彼女のミス。
まだ風樂が混ざって話をした方が彼女の為にもなるし、守ってくれると思ったのだが。
それさえも分からないらしい。
平行線の言葉達は途方に迷いながら、蒸発し、二酸化炭素になって体に取り込まれていく。
何事もなかったかのように、ゆっくりと、空間の色彩を変えていく。
同じ会話の繰り返しに耐え切れず、彼女の了承を得ずに、風樂に電話をかける。
誰にかけているのかばれないように、仕事の電話として取り繕い、アポイントを取る。
理委にはこの立ち回りで充分だ。
少し仕事の電話をしなくてはいけないから、かけていいかな?
その一言で納得するのだから。
私は彼女に先ほど言った。
これは『ビジネス』だと。私からしたらこの状況も仕事の一部と言う訳だ。
そこまでも頭が回らない彼女に呆れながらも、風樂に全ての状況を遠まわしで伝える。
何かトラブルがある時は、いつもこういう風な立ち回りだから、理解してくれている彼女は言わば『有能』だ。
電話の内容は理委には聞こえない。
私は風樂に少しずつ言葉のヒントを与えていくのだ。
「もしもし、今大丈夫ですか?」
『…碧生。その口調……。大丈夫だよ、何かあったのね?』
ほら、すぐ察知する。いつもの口調と違う私の変化をすぐ読み取ってくれるから、助かる。
「以前お知らせしましたよね?あの件ですよ」
『…あの件?今日理委さんと話しているのでしょう?』
「そう、その件です」
『……あー。なるほど。それで電話かけてきたって事かぁ。理解した』
「すみません、お時間を取らせてしまい」
『いいのよ、今手空いているから、行こうか?』
「…その方が助かります。昨日お知らせしたのでわかりますよね?」
『場所の事ね。教えてもらった所に行けばいいのね。行くわ』
「ありがとうございます。助かります」
『碧生…こうなると分かってて、昨日場所教えたのでしょう?先読み凄いあたってる』
「ありがとうございます」
『そんな話は必要ないわね。今から行くから待ってて、会話引き延ばして。理委さんが逃げないように』
「そのつもりです。それでは、また」
『後でね』
主語を使わないようにして、含みの言葉を使えば、理委には気づかれない。
これは私達の間に結ばれている信頼があるから出来る技だ。
分からない人には分からない。
パズルのピース。