イシスの元
「上枝将太朗を始末しました」
私はいつも通りの表情で父の元へ資料を手渡す。資料には上枝のデーターが記載されている。身長、体重は勿論性格、行動まで全てだ。紅のナイフを使い血を変換して、鑑定に出した結果もつけている。父の望むがままの結果だといいのだが、そう簡単な事ではないだろう。
「お前も復讐が出来てよかったじゃないか」
「何の事ですか?」
フンと鼻を鳴らす父の横顔を見つめながら、内心はドキリと心臓が跳ねた。自分の感情に溺れていたなんて私らしくない行動をしたように父の目には映っているだろう。しかし、本来の目的は果たしているのだから、関係ないんだけどね。
「私はあくまで仕事の一環として働いたまでです」
「お前がそう言うのなら、そういう事にしとこう」
「……」
「しかし面白いな、あのナイフは」
「ええ」
「切り裂いた細胞まで変異していた。勿論血液もだ」
楽しそうに話す父を見ていると、悪魔に思えた。私は助ける為に動いている、しかし父は違う。全ては利益の為だ。人工知能をより人間に近づける為に人間の細胞と血を与えて完璧なドールを創ろうとしているのだから、悪趣味。
「結果はまだ見ていません」
そう伝えると、ははっと笑いながら封筒を開け、中身の資料を手にし、目を通す。ほう、と顎をさすると、私にその資料を手渡してきた。
「お前も見てみろ」
「はい」
イシスの適合──50パーセント
肉体の破損──80パーセント
精神の適合──90パーセント
今回のコレクションはまずまず結果がいい。一番重要なイシスの適合が低いがそれ以外は使い道がありそうだ。肉体の破損は私の行動のせいで高いが、それはそれでまた使いようがあるからいいとしたのだろう。ホルマリン漬けにして人間の細胞、血管などを修復して別人としてダミーを作る事も出来る。人間の再生に役立つ訳だ。
死にかけている人間に致命傷を与える前に保存しながら毒液を流し込み肉体だけを破壊する。細胞は特殊な液体によって毒素が回るのを防ぐ効果がある。だからこそ、容器の中で生き、死にを何度も繰り返す事になる。まるでファルコンのように……
私達が一番最初に目を付けたのはファルコンだ。私が持っているイシスの元を注入すると、死にかけていたファルコンが目を覚ました。そのイシスの元は研究で作ったと誤魔化している。自分の母の血液と私の血液を混ぜて変異させたものだという事実に父は勘づいていない。
母はよく言っていた。私の血と貴女の血が混ざり合う時、新しい生命を作る事が出来る、と。それがイシスの元。この情報は生きている人間の中では私しか知りえない情報。
もう母はいない、何も知らない父は母の体を研究材料としてではなく人間として火葬したからだ。私がその事実を告げれば、また違った結果になっていただろう。