ヒス
長い夢を見ていた気がした。自分にとって重要な夢だった気がするのだが、奥深くに仕舞われて出てこようとしない、思い出したくても思い出せないこの状況に不安を覚えながら、ゆっくりと起き上がった。ストンと床に足をつけると、安定剤を飲みすぎたのか、くらりとめまいがする。
「飲みすぎたかな……」
そう呟くと空虚な感情に支配され、この世で自分だけしか存在しないような錯覚を覚え、妙な孤独感を感じてしまう。フルフルと首を振り、そんな思考をかき消そうとするが、中々消えてくれないのが現実だ。
近くに人がいても、だれしも孤独感というものを持ち合わせている。人間の感情の中で一番理解出来ないものであり、不透明で曖昧な存在、形。いくら考えても答えの出ない中、現実に引き戻されるように、誰かの声が聞こえた。
「もう起きたのかい?蒼」
ゆっくりとした口調なのに、すっと鼓膜に入り込んで響いてくるような綺麗な声だ。この声の主は一体誰だろうかと考えていると、そんな私をよそに、ドアがガチャリと開いた。
「よく寝たかい?」
「……君は」
初めて見る人物、誰だろうかこの男は……。口元に光るほくろが妙に浮かんでいるように見え、怪しさを演出しているようだ。一瞬時間が止まったように静止してしまう自分がいて、そんな私をじっとりとした目で見つめる男がいる。
「自己紹介がまだだったね、僕の名前は九条ヒス。貴方の双子の弟だよ」
「……は?」
急に現れて弟とか言われてもしっくりとこない。ただじっくり観察してみる、近くの鏡に自分の顔も確認してみると、似ている。全部が全部似ている訳じゃないけど、そう言われても納得出来るほど、そっくりなのだ。
「私に弟などいない」
「お父さんから聞いてないだけでしょ? 僕は養子に出されていたからね。急に母さんから兄さんの所に向かうように指示されて、今日から蒼のお世話をする事になったんだよ」
「はぁ?」
「お父さんが決めた事だから絶対だからね。今日から僕もここに住むから」
一人の言い分を鵜呑みに出来る単純さなんてない、私はふらつく頭で考えながらスマホを取り出し、父へとコールを鳴らす。どういう事か確認しなくてはいけない。どうしてこんな事態になっているのか、何故弟と名乗るヒス、彼を寄越したのか、考えを聞きたいのもある。
ヒスの言う事が事実ならの話だけど。
一度目のコール、二度目のコール、三度目のコールを待つと、父の声が聞こえた。何をどう説明をしていいのか分からず、ただ一言「どういう事ですか?」とだけ伝えた。
父との電話は久しぶりで新鮮に感じるけど、こんな形で感じたくなかった。