子守唄と君
綺麗な世界を見たかった。汚い現実から逃げきれると思っていた。走っても走っても追いかけてくる月のように、いつまでも纏わりついてくる。涙が少しずつ流れると共に、大切な感情も零れていく。大人になるってその繰り返しのようなものかもしれない。
光と闇は背中合わせでいつまでたっても中和出来ない存在でもある。
(……これでいいんだ)
呪縛はいつまでも続くのだろう。少しずつ私を壊しながら、歳月を重ねていく。それがいい事なのか悪い事なのか今の自分には分からない。先に何が待っているのかも見えてこない。
でも、それでも……
進むしか方法はないのかもしれない。どんな自分になろうともそれをやめる事はない。
母からの束縛から逃げれば違う道があったのかもしれない。九条家の息子として産まれてこなければ新しい道があったのかもしれない。それでも私は……
「歩くしかないのだ」
苦虫を噛んだような風味が口の中で広がっていく。何度も何度もプツリとかみ砕くと口の中で血がにじむ。友人を切り捨てる事をした選択しに後悔はない。これ以上自分にかかわると、巻き込まなくていい事に巻き込んでしまいそうだから余計に、避けたかった。
「それでいいのよ、蒼」
夢の中までついてくる母の姿は醜い化け物だ。ぐっと感情を押しごロスと、体の中に入り込んでくる。そしてなじむ、私の一部へと編成していく。
「……」
私の体を抱きしめるように包み込む闇は大切な宝物さえも蝕んでいく。それでもいいと思った、自分が少しでも楽になれるのなら、何でもよかった。
言葉は鎖だ。ずっと永遠に私から自由を奪おうとする。泣きつかれたのか、全てを吐き出したからなのか何も感じなくなる。一筋の血潮を濡らして。
「うう……っく」
微睡みの中でもだえ苦しむ私を見ながら、微笑んだ人がいた。まるで赤子を慈しむかのような表情を窓から覗き込む月夜が照す。音を立てずにゆっくりと夢に閉じ込められた私へと近づくと、耳元で囁きながら、サラリと髪を撫でた。
「大丈夫だよ、君は一人じゃないから」
その人物が誰なのか分からずに、漂う心。少しの感触でピクリを身を震わしながら朦朧とした瞳で彼を見た。どれが夢で何が現実なのか分からない私の思考回路は停止しており、答えは何も出てこない。
「もう少し眠ろう」
暗示にかけられたように重たくなる瞼を閉じ、再び夢へと堕ちる私がいた。浅い呼吸を繰り返して、微かな酸素を取り込もうとする。彼の言葉は子守唄のように聞こえ、妙に安心していくんだ。