二人の蒼生
今思えばこの瞬間から私の運命の歯車が少しずつ狂い始めていたのかもしれない。自分の中で正解はあったはずなのに、お父様の期待に応えようと自分を偽っている事に気付く事もなかった。少しずつ垂れていくのは命の灯、赤い血は涙に代わりながら、私の体内へと逆流する。
「これが正しいのよ、私は間違えたりしない」
一人の呟きは悲しみを纏いながらも、誰かに応えを助けを求めるように縋り付いて自分の弱点を露わにしていく。それが私の歩く道、選択した人生の一端なのだから。
薬が効いている人形を見つめながら、自傷気味に笑う。目つきは狐に取りつかれたように人間味を感じないかもしれない。ここに私以外の人間がいたなら気づかれていたかもしれないけど、幸いにも私一人。それもそれで少し寂しく感じるけど、その感情の裏側には安心が隠れている事に気付いている。
気づかないふりをして、自分の弱さから目を背ける私は全然理想の自分とは程遠いのだと考えてしまうとふいにため息が漏れてしまった。
カラン──
誰にも気づかれないようにグラスの中の水を口に含むと病院から処方してもらった安定剤を口に放り投げる。まるでそれは自分自身を否定するように、かき消すように現実逃避へと向かったのだ。
二人の蒼生の歩む道は全然違う。けれども目指す先は同じ目標があって、誰かに認められたい願望を欲求を満たす為に生きていると言っても過言ではない。実の妹の蓮に嫉妬し憧れを抱いているのも事実。認めたくない、認めれない、その感情は自分を守る最大の防御なのかもしれない。
そんな蒼生の気持ちなど知る由もない蓮は表面だけを見て、嫌悪感に支配されている。まだ幼い彼女から大人の事情なんてものは通用しなくて、納得も出来ないだろう。例え大人になっても彼女の場合例外かもしれないが、それは成長してみないと、誰にも守られる事もなく、自分の力で生きていく事を知らないと蒼生の本当を歪んで解釈してしまうだろう。
沢山の縁で繋がっている運命は二人の蒼生と蓮を翻弄し続け、残酷にも黒でも白でも通用しない『グレー』の立場を知る事になる。
「そんな事理解しているよ。私は私の役目を全うするだけだから」
高身長で黒い髪を靡かせながら、呟くその後ろ姿は夕日に包まれていて、幻想的だ。開いていた目を閉じると、微かに感じる風の呼吸に身を任せようとしている蒼生がいる。
「私は間違ってない、絶対に……」
安定剤が効いてきたのか浮遊感に埋もれる彼女は茶色の髪を乱しながら、涙した。素直になりきれない彼女の名前も蒼生。
静寂はゆっくりと訪れながら、ゆっくりと落ちていった。