旧友
色々な現実から逃げたいと現実逃避も時々したくなるのあ、こんな狂った僕でも、一応人だからね。ふう、と溜息を吐きながら、イスに腰掛け、一息つこうとしている時に、スマホから着信音が流れた。
(誰だ?)
元は友人が多かった僕も、環境や立場により、大人達の思惑通りに生きていく方法しかなくて、徐々に『友人』と呼べる人物は減っていった……。最初は悲しいという感情が残っていたから、大泣きもしたし、どうして、なんて項垂れた時もあった。
(僕だって、初めからこんなんじゃなかったからね)
昔の記憶を脳内で再生しながら、瞼を閉じると、何だろうか、温かいものが流れた。これは何だろうか。心が麻痺している私には、その名前すら分からない。
実際は認めたくないだけなんだけどね。
過去の記憶から逃げるように這い出た僕は、現実世界の中で無意識に通話ボタンを押していた。まるで助けを求めるように……。あの時の僕には、その行動の意味が理解出来なかったんだ。
「もしもし?どうしたの?」
『久しぶりだね。元気かい?』
「うん、まぁまぁかな?露宇は元気にしてた?」
『まぁまぁだな』
「僕と同じじゃないか」
久しぶりに旧友の声を聞くと、昔に戻ったみたいで、勝手に微笑みが毀れてしまう。一つ一つの会話が僕の心の奥底に突き刺さり、じんわりと温もりを注いでいく。
氷漬けになっている僕自身を、元に戻す『治療法』のように……。
『ははは。でもよかったよ、元気そうで。全然連絡取れないから、心配してたんだ』
「そうか……ごめんな?」
『いいんだよ。こうしてまた碧生と話す事が出来たんだから』
その一言一言で、また温かいものが流れた気がした。今度は瞼を開けているのに、どうして止まらないのだろうか。
少しの間だけ、人間でいさせてほしい。せめて露宇の前だけでは。優しい『碧生』でいたいから。
『なぁ……碧生?』
「どうした?」
せめて声には感情を出さないようにと必死になっている僕の事なんて気付かないんだ。事実、僕が気付かれないようにしているからだけど。
それでも人間だから、少しの違和感で気付かれてしまうかもしれないけどね。
(露宇は優しい奴だから……気付かない振りをしてくれてるのかもな)
心の言葉は露宇には伝えれないんだ。僕の中だけで消化していく感情の言葉だからね。
『久しぶりに呑みに行こう。色々話したいし。ダメか?』
旧友の誘いを断る奴なんていないよ。
『行こう。時間取るから』
嬉しい誘い、いつまでもこの瞬間が続く事を願いながら、通話を切った。