自己愛と欲しいもの
感情を失った訳でも、忘れた訳でもない。ただ見て見ぬ振りしているだけなのかもしれない。正直、そんな事はどうでもいいんだけどな。
僕の目の前には人間の、妹の『蓮』ではなく、人形に成り下がった『蓮』がいる。
昔の僕なら、こんな事しなかっただろう。したくもないと拒絶していたに違いない。でもな、年月と言うものは簡単にも人を変えてしまう。そうやって僕も、なりたくなかった『大人』への一員となったんだよ。
あの時はさ、子供な自分がいて、いつも反発ばかりしていた。何で、こんなの間違ってるなんて綺麗事並べてさ、言うだけなら簡単なのにな。その言葉一つで人の人生なんて壊れていくのが現実って訳さ。
蓮はあの牢獄から出る事は出来ないだろう。
幼い頃に負った心の傷と微かに残るやけどの跡、事故の傷。
本当によかったと言うべきなのか、生きている事が不運と言うべきなのか微妙なところだが。
(傷跡も、やけどの跡も、分かりずらくなって、普通に生活してたんだな)
僕は言った。妹の『蓮』に。
お前の足には見えない『釘』が撃ち込まれている。子供の頃はそれが食い込んで、なかなか外れる事はなかった。だけどな、大人になれば心と体は成長していく。
お前が望めばその苦しみの原因の鎖の『釘』を抜く事も簡単。
そして……背中に背負った十字架と生かされた命を認める事も出来る。
要は、お前次第だ。
「あの時の言葉に嘘はない」
僕の目の前には沢山の血が溢れて、部屋中にこびりついている。蓮は錯乱をして、自分の舌を噛み切ろうとしたから、タオルで口を塞いだ。
最初は『妹』を助けるつもりで『鬼』になるつもりだったのに、いつの間にかホンモノの鬼になっている自分がいる。
『魂まで鬼に喰われてはいかんぞ、碧生……』
もうこの世にはいない祖母の声が、僕の全身を縛りながら、苦しめる。
「こんな事したくないけど」
もう無理なんだよ……。
ミイラ取りがミイラになるのと同じ。最初は普通でも、徐々に環境や考えに陰りが出来ると崩れていくのが、人間の脆さだ。
溜息は出ない。その代わり幸福感に満たされる自分がいる。
最初は認めれなかったけど、今は認めて、受け入れて、愛している。
僕は僕自身を愛している。
自己愛だろ、なんて言われても構わない、関係ない。だからどうした?って感じなんだよな。
「例え、このにんぎょうを壊してでも……手に入れたい」
え?何を手に入れたいかだって?
そんなの決まっているじゃないか……。
――生きた人間の血、そのものだよ?