愚者
酒の匂いに誘われながら私はこの空間に居座っている。
夜の世界は光輝く世界だ。
そして闇に包まれた、人間の闇を表しているように感じるのは私の気のせいだろうか。
女でも男でも、どちらでも受け入れられるのが『夜の世界』だ。
どんな環境の人でも、夢を見れる世界でもあり、輝く舞台でもあると感じる。
感じるだけで、それが『正解』とは限らないが…それも一つの『楽しみ』と言うものだろうか。
闇は背に
月は虚ろに
私の心は燃え上がる
肉の塊と共に
The darkness is behind
The moon is empty
My heart burns up
Together with meat mass
第一話
《愚者》
酒を飲めば楽になる。
こんなつまらない日常の事など考えずに、酒に溺れる事が出来る。
私のつまみはいつも同じもの。
日本酒とゲソだ。
いつもと同じ匂い、いつもと同じ味、いつもと同じ孤独。
日常の事から現実逃避しながら、クイッと日本酒を流し込んでいく。
潤うはずの喉は、潤いを取り戻す事もなく、逆に締め付けていく。
まるで誰かに『クビ』を絞められているかのように。
ゆっくりと窒息出来るかのように、じわりじわりと息を奪ってゆく。
「ふぅ」
溜息にも似た吐息は快楽への道しるべ。
私の喉から痺れていく感覚を止める事は出来ずに、違う世界を見せようと試みるもう一人の私。
まるで自分の体から、ふわりともう一人の自分が抜け出し、微笑みにも似た狂気に埋もれながら
私を殺そうとしているみたいな錯覚を感じる位、リアルで新鮮な感覚。
(このまま、気持ちいいまま、消えれば楽だろうな)
喉の痺れが頭脳へと浸食し、トランス状態になる。
目を瞑ると複数の光に支配され、身動き出来ずに、見惚れている
私がいるのだ。
「なんて美しい……」
このまま殺してくれれば、どれだけ『幸せ』なのだろうかと考える思考に辿りつく。
心の海に揺られながら
体の痺れに支配されながら
私は私へと変貌していく。
『愚者』
それがもう一人の私の名前なのだろう。
その正体は誰も知る事もない。
隠された『私』なのだ。
殺風景な部屋に置いているのはパソコンとベッドのみ。
他は何もない。
冷蔵庫も洗濯機もそして…自分自身も。
何もいない。
誰もいない。
まるで『透明人間』みたいだ。
「私はどこにもいない……誰も知らない…」
そう呟きながら、重たい背中を床に埋めながら、へたりと横になる。
私の瞳に見えるのはただの天井。
誰の声もしない、誰も……。
「つっ……」
現実から逃れる為に天井を見つめながら、自分の事を思い出す。
酒に飲まれながら、やけになっているのかもしれないなぁ…。
それでも現実から逃れる事など出来ないから、夢の中で眠るしか方法がない。
いつも…いつまでも…このままでよかったのに。
そう思う事は、私の弱さなのだろうか……。