ワインと呟き
ワインは全身に程よく浸透していきながら、脳にも酔いを回していく。
いつもの思考力と冷静さなんてそこにはなくて、あるのはただ自分の欲情に溺れるだけ。
碧生なんて呼ばれても、何も嬉しくない。
あたしは『九条家』の長女としてではなく、ただの「あおい」と呼んでもらいたい。
そんな事を人に呟くと、碧生は碧生でしょ?なんて皆頭に疑問符を並べるの。
あたしの名前を呼ぶ時は、皆九条家を通してあたしを見ているのが現実。
誰にも気持ちなんて分かると思わない。そう思っていたの。巳弦と出会うまでは。
彼は碧生の事を『九条碧生』としてではなく、ただの『あおい』として見てくれる。接してくれる。
だから有難いと思うの。
風樂もそうよ、彼と同じ。
ただビジネスが絡むか、絡まないかの違いなだけ。それでも凄く大切にしてくれている。
ビジネスが絡んでしまうとね、色眼鏡で見られるから、最初は凄く抵抗があったけど、今では全然、あたしが人間らしく人を『信用』しているのは珍しい事で、お父様が今のあたしを見て、驚いていた位なの。おじい様はどうだか、分からないけれどね…。あの人は碧生より蓮が大切で特別だから、あたしを見る事も、選ぶ事もないと思うの。
本音を言えば、姉であるあたしが皆から選ばれるのが『当たり前』そこには人間の感情なんていらない。プラスかマイナスかでどちらを候補者として選ばなくてはいけない。
そこにあたし達『姉妹』の人格は評価されないし、必要ないの。
悲しい事だけど、それが現実なのだから、何も出来ない。ただ周りの言う通りに動くだけ。
ただの操り人形としてね。
あたし達『姉妹』を争わせて、家を潰す為に動いている勢力も確認されているけど、それはあたしの勢力と蓮の勢力とは別物の話。姉妹で争うなんて馬鹿げてる…そう思ったでしょう?それでも争いは起こるのよ、確実にね。
何故争いが起こるかですって?そんなの簡単な理由よ。全ては『金』それだけの理由で、争いは起き、人は潰れていくの。そんな環境なんて知らないと言われても、それがあたし達姉妹のいる世界であり、環境であるから、否定されても、肯定するしか方法がないの。
誰があたしを人として見てくれていると言うの?そんなふうに思ってた。ひねくれた世界の中でいると自分もひねくれていくの。利用ばかりされて、商品扱いされてきたから得にね。
だから二人には感謝しかないの。あたしがあたしでいれる『居場所』を作ってくれたのは事実なのだから。こんな汚い世界で汚れているあたしと関わりを持ってくれる事自体が嬉しく思う。
こんな言葉が出てくるなんて九条家としては失格なのかもしれない。
『感情なんていらない、お前は婿養子をとる為に行動すればいい。子供を産む為だけの存在』
そう言われて、言い聞かされてきた幼少のあたしは、それが当たり前になり、染まってしまった。
受け入れる事はしたくないけれど、逃げても、捕まるのがオチだから。あえてこの環境を利用してやる気でいるの。今まで利用されてきた分以上にね。
あたしはそんな事を考えて自分を守っているけど、妹の『蓮』はあたしとは違う。闇に染まった…染まり切ってしまったから、何を考えているのか分からない、何も見えない。
だからこそ恐ろしくもあり、敵にしたくない身内でもあるの。