呪縛
目が覚めると知らない天井が見えた。ゆっくりと視界を確認すると、知らない研究室のようだ。体は固定されていて動く事が出来ない。誰が何故こんな事をしているのか分からないが、自分の記憶を辿りながら、落ちる前の事を振り返ってみる。
確か私は岬にクスリを打たれて倒れたはずだ。体が痺れて意識が朦朧としている所にあの女がついた。先ほどの夢が事実に結びついているのなら、レイカと名乗る女だったはずだ。妹の方をレイカと呼んでいたのも偽りだったのか? 混乱する頭についていけない自分がいる。
「あら、起きたのね」
「レイカ」
咄嗟に本当の彼女の名前を呼んでしまう。それが今の状況にとってどれ程マイナスな事か理解していたのに、確認したい欲望に逆らえず、呼んでしまったのだろう。意識して言った訳ではない。無意識の中で……だ。
「何を言っているの? 私は蒼生よ?」
「私は全部知っている。君の本当の名前は『レイカ』だろう。そしてレイカには名前がない。これが真実だ」
「くすくす。夢と現実が理解出来ていないのね。可哀そうな子」
笑っているような仕草はするが、目が笑っていない。この態度を見る限りミドリの言っている事は事実に近いように感じた。夢の中の出来事を信じるなんてバカげているかもしれない。それにはもう一つ理由がある。
ミドリは次のターゲットは私だと言っていた。私が適合者なのも知っている。そしてある薬を打たれる事により、人殺しの道具になる事も聞いた。私は人間として生きていきたい。ただの実験だったはずなのに、こんな事になるなんて誰が想像しただろうか。
レイカは私の目を見ると、自分の偽りが有効的ではない事を悟った。すると、ため息を吐き、本性を出し始めたのだ。
「残念ね、上手くいっていたのに。誰に聞いたの?」
「ミドリと名乗る女からだよ」
「へぇ」
名前も体も奪われた彼女の状態を知っているのだろう。新しい名前を使っている事にも気づいているようだ。この内容を知っているのはレイカの他に彼女しかいないのだから、仕方ない。
「だったら、分かるわよね?」
レイカの右手には注射器が握られている。そこには緑色の液体がびっしりと入っていて、直観的に冷や汗を垂らしてしまう。
「ま……さか」
「そう。貴方が殺人鬼になる為のお薬よ?」
「やめ」
嫌がる私の右腕に注射の針が刺されていく。トクトクと液体が注がれていくと、身体が熱くなり、震えが止まらなくなった。自分が自分じゃなくなっていく感覚の中でミドリの遺言を頭の中に叩きつけていた。
<その女をコロして>
頭の中に何度も何度も繰り返されていく呪文のように、逃げる事が出来ない呪縛のように私を縛り付けるのだ。