前段階
まがい物な私はいつまでも偽物の立場だ。
その状況を変化させる為には逆転の発想が必要だろう。
ホンモノを偽物に落とす事で自分は確実な存在へと昇格する事が出来ると
私は信じている……
本当の自分の名前を名前の与えられる事のなかった妹に渡す。
そして私が本物の『九条蒼生』に成り代わるのだ。
月は赤く発光しながら、私の心の中を満たしてくれる役割をしている。捨てられる存在の自分を回避する為にはこれしかないと考え、行き着いた結果だった。岬を泳がす事で、自分の願いも手に入れれると感じたのだ。
イシスの原型を作る為に、自分の愛した者の細胞を組み合わせる事で、偽りに近い存在でも死者を生き返らせる事が出来ると岬は考えたのだろう。記憶を持っていない存在だとしても、その上から人為的に上書きすればいいだけなのだから、幾ととなく沢山の時代を生きた彼にとっては簡単な行為。
それは人間としての生き方を捨てた行為かもしれないが、どうしても過去の1ページを変えたくてそのような行動をしているのだろう。色んな女の犠牲者達と関わりながら、沢山のシナリオの中で生きる。
その行動そのものを理解する事は難しいが、私が彼の立場なら同じ選択肢をしていたのかもしれない。
私が『人間の心』と言うものを手に入れる事が出来ればの話だが──
「おねぇちゃん、これからどうするの?」
「レイカ。貴女が知る事はないのよ。ここからは私のやるべき事なのだからね?」
「……うん、蒼生おねぇちゃん」
私はやっと手に入れる事が出来た名前を呼ばれて、愉悦を感じてしまう。これは何かしらと考えてみるけど、私がこの体を手に入れるまでの実験の内容に感じた感覚と同じ事を知る。当時は嫌だったのに、自分の存在を理解する事もなく人間だと思い込んでいた私はその現実を直視出来なくて嘔吐をしていた。レイカはいつもニコニコしていただけだったけれど、話す内容が危ないものばかりだったからお父さんによく口を縫われていたわね。
学習をしない、出来ないレイカと私は違う。
ここまでの自由を手に入れる為に、沢山の苦痛にも耐えてきた。イシスの細胞と元の名前の持ち主の細胞を合わせて出来たのが私だ。
そこからより人間らしく見せる為に見た目だけ似せて作った。
そして私は手に入れる事が出来た。
自由を
生まれた意味を
人間らしさを
喜怒哀楽を
その中でも楽しむ事が出来ない私は沢山のデーターを自分の脳内に詰め込む。
全ては『完璧』な人間になる為の前段階。
「疲れたでしょう、レイカ。今日はもう遅いわ、ゆっくり寝なさい」
「おねぇちゃんは?」
「ふふっ、私はまだやる事があるから後で寝るわね」
私は不思議がるレイカの頭を撫でて、幼子のようにあやす。すると安心したのか、大きなあくびをしながら目を擦るレイカの表情が見えた。そんな妹を優しい眼差しで見つめながら、レイカの自室へと連れていく。